飼い主の資格

他人事ながらすごく不愉快な飼い主がいます。自称・メンヘラ。私にしてみればただのわがまま病というその方。

自分だけでは満足に面倒も見れないのに衝動的に犬を飼い、案の定、トイレの躾すら自分でできず、大型犬にも関わらず散歩もできないという有様。

当然全ての世話はご主人任せ。もちろん犬はご主人になつく。すると「あれは(犬のこと)私の犬ではない、夫の犬だ」と言う。その時点で物珍しさもなくなり、同時に愛情もなくなったのでしょう。

それでもご主人が世話をするのだからそれはそれで良かったのかもしれませんが、犬の運命がガラリと変わる出来事がありました。 そのメンヘラさん、衝動的に「引っ越す」と言い出したのです。

家族として迎え入れたのだから、引越し先まで連れて行くのが筋です。引っ越し先を選ぶにしても、まずはその犬も一緒に暮らせる環境であることが条件のはず。だって家族の一員なんだから。

ところが都会に憧れていた田舎者のメンヘラさんは、都内一等地のマンションを選びます。犬のことなど全く考えません。結果、行き場のなくなったその大型犬は里子に出されます。

引越しを理由に手放すなんてあってはならないことです。手放すことを何の努力もせずにいとも簡単に選びました。これだけでも「身勝手だな」と思った次第ですが、その直後はさすがに「私はもう犬は飼わない」と言ってました。

けれど…。そんな罪の意識なんてしばらくすればなくなります。よせばいいのにまた子犬を飼うらしいです。そのメンヘラさん、またまた衝動的に「犬でも飼うか」と言い出し、それに対してご主人が賛同したからだそうです。

それにしてもこの夫婦、学習能力がないのでしょうか?今はすっかり子犬を迎える準備とかで浮かれまくっています。犬の世話はまたご主人担当になるのは目に見えているし、そうなれば、なつくのは誰かというのも火を見るより明らかです。きっとまた同じことを言うでしょう。「あれは私の犬ではない」と…。

きっとこのメンヘラさんにとっては「命あるもの」という意識はないのでしょうね。ただの「もの」なんですよ。

子犬は確かにかわいいですよ。ムクムクして温かいし。見ているだけで和みます。けれど、和ませてくれたのなら、そのお返しをするのは人間の役割りでしょう。当然の義務でしょう。子犬でなくなり、興味が薄れれば「もういらない」と他人に預けるというこの神経、そして「私といるより里子に出した方が幸せ」などと、もっともらしいことを言っていたけど、結局は飽きただけのこと。

それなのに、懲りもせずにまた飼う。こんな人が世の中にいるのかと思うと見ていてとても不愉快です。だから子供達からも愛想をつかされるのでしょうね。「(子供との関係を)切り捨てる」というのを「切る」とか「消す」などと言います。

やはり普通ではなく、この人、狂っています。メンヘラだけにね。

ペットブームだから産ませれば売れるでしょう。でもただ売ればいいという商売ではなく、飼い主としての資格があるかどうかを法律で定めるべきです。一度でも自己の勝手で犬を手放した人間に対しては、それがどんな理由であれ、「二度と飼ってはいけない」という法律を作るべきです。

飼われた犬だってたまったものではないでしょう。もし犬に字が書けたら、絶縁状を書くでしょうね。この人の子供たちがかつてそうしたように。どうせ飼って3カ月もすれば飽きるのではないかと、今から予想しているところです。

狂っている人にお金を使わせてはいけませんね。躁状態にあると、次々に買い物をしまくります。それがただの「もの」ならいいけど、「生き物」はダメです。どうせブログネタのために飼うのでしょう。何をどうあがいても最後はたった一人になる末路が予想できます。不愉快だけどかわいそうな人なのかもしれませんね。

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