Violet@Tokyo

女優・鈴木砂羽さんが受けたハラスメント被害を読んだ考察

約5分




女優の鈴木砂羽さんが過去に受けたパワハラ被害(言葉の暴力)をnoteにアップしてました。記事中で「長いモノに巻かれてやり過ごす時代は終わった」との見解を示しています。

この一文を読んだとき、私も無性に書きたくなりました。トリガーになったのはこの一文。

沈黙は身を守る事だ。余計な事は見ざる言わざる聞かざる。それがこの業界の教えの一つだった。事を荒立てたくなかったら沈黙。例え誤解されようが、こっちにどんな言い分があっても、だ。何かあって事実でない事を言われたり、書かれたり、どんなに悔しくても、理不尽でも、シカトしていれば時間が経って勝手に移り変わってゆくものだと、この業界はそういう世界なんだと。
〜中略〜
でもこれからは違う。泣き寝入りしてはいけない。事務所も見て見ないふりはしてはいけない。絶対に役者を守らなくてはならない。長いモノに巻かれてやり過ごす時代は終わった。一過性のニュースにしないためにも、そうした業界に蔓延る腐敗に気づいた我々が、この腐った世界を変えてゆかなくてはならないという意識が必要だ。

加害者天国が横行してる

芸能界に限らず、どんなに理不尽な思いを強いられても、そこで生き残るためには被害者が口を閉ざすしかないのが今の世の中。

今は令和ですよね?と聞きたくなるくらい、加害者と被害者、それを取り巻く関係性は昔から何も変わっていません。

例えば学校の「いじめ」という名の犯罪。

勇気を出して被害を訴えても、学校側は自分が楽をするために「いじめられる側にも非がある」という風潮に仕向けるか、いじめそのものをなかったこととして知らぬ存ぜぬを貫くか、そのどちらか。

それに絶望して不登校になるのは被害者。転校するのも被害者。いたぶられた末に命を落としても、未成年の場合、顔写真や実名を晒されるのは加害者ではなく被害者。職場でパワハラ被害を受けても、辞職するのは加害者ではなくて心身を消耗させられた被害者。

私も過去、4歳年上の自己愛女に目をつけられ、パワハラ被害を受けたことがありました。公衆の面前で罵詈雑言を浴びせられ、それを周囲に訴えても、まるで訴えた方が悪いとばかり、「あの女は変えられない。あなたの方が大人になって黙って我慢するしかない」と言われたとき、「ここはクソだな」と思い、そことは完全に縁を切りました。

考えた末に出した結論です。しかしその選択が正しかったのかは今も答えは出ません。似たような事案に遭遇するたびに当時の悔しさが蘇り、自分の中ではまだ終わってはいないと実感するからです。

なぜ加害者にお咎めがないのでしょう。

なぜ加害者が大手を振って生きているのでしょう。

なぜ被害を受けた人ばかりが多くのものを手放さないといけないのでしょう。

それはハラスメントがこれだけ問題になっているのに、被害者が声を上げにくい雰囲気が今もあるからです。

それにあぐらをかいてる加害者はどんどん強気になって相手を見くびり「どうせ抵抗しないだろう」と力づくで蹂躙し、詭弁を使って自己正当化します。

仮に傷ついた被害者が目の前から消えたとしても、彼らは罪の意識など感じることなく楽しそうに次のカモを物色するだけ。事態は何も変わりません。

ウクライナ問題からも透けて見える

ガラリと話は飛びますが、ロシアにるウクライナ侵攻が始まったとき、中国の総領事館が「弱い人は強い人にけんかを売るような愚かな行いをしてはいけない」とツイートし、後追いするように中国ダイスキな橋下徹氏が「ウクライナ人は国外退避して何年か後に国を再建すればいい」と生放送番組で発言したのは記憶に新しいところ。

それで大炎上したのにその後も意味不明の「妥結」「譲歩」「悪いのはロシア。しかし…」と、法を犯して勝手に侵攻してきた側の批判ではなく、「戦う一択」だと防衛する側の批判ばかりを繰り返しています。

彼らは戦いたくて戦っているのではありせん。自分たちの国を守るための抵抗をしているだけです。それを悪と決めつけ愚かな行為だと平気で言い放つこの神経こそがハラスメントの根底にある考え方そのものです。

「弱い人」と言われたウクライナ軍が彼らの予想に反して抵抗し、善戦しているのは彼らの立派な意思表示。その選択を部外者がとやかく言う権利はありません。

しかし力関係でしか物事を見れない人たちは「弱い人」は意思表示さえしてはいけないと考えます。意思表示は、人間としての当然の権利だというのに…。

彼らは強い者が弱い立場の相手に威圧的な態度に出たとしても、抵抗せずに黙って受け入れれば全てが丸く収まると考え、そう仕向けようとします。

そんな構図が見え隠れして、反吐が出そうになりました。

長い物に巻かれる時代に終わりを

これらのことはひと昔前ならもしかしたら受け入れられたかもしれません。

でもこれからは違います。少しずつ世の中の意識は変化してます。

だからこそ橋下さんは燃えに燃えて今、右往左往しています。そして鈴木砂羽さんの記事にあったように、性被害にあった女優たちもまた、勇気を持って次々と声を上げてます。

長い物に巻かれて口を閉ざしてやり過ごしても、この私がそうであるように自分が受けた悔しさは、どんなに時を経ても解消されるものではありません。

少しずつでもいいから、被害者たちの訴えは当然の権利だというごく当たり前のことが当たり前のこととして、好奇の目に晒されることなく世に受け入れられることを願ってやみません。

 

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