Violet@Tokyo

「できない自分が悔しい」という人は本当に成長するの?

約 5 分

「できない自分が悔しい」

時々そんな言葉を耳にします。

その言葉を吐くときは、仕事のミスや勉強・スポーツなどで行き詰まって嫌気がさした、自信をなくしてイジケている、自分を責めている場合がほとんどです。

そんなとき、多くの人は「そういう気持ちを持っていれば、ぜったいに成長する。悔しさを忘れるな」と言います。

それを聞くたびにちょっと違和感。私には、表面を美しく脚色しただけのきれいごとにしか聞こえません。

そこで今回は「できない自分を悔しい」と思う人は、本当に成長するのか?について考えてみます。

人が悔しいと思うとき

人はどんなことで悔しいと思うのでしょうか。

「あの人にできて自分にはできないから悔しい」「あの人に負けたから悔しい」というように、誰かしら比較対象する相手がいるときに、より悔しさを感じます。

その中でも特に落ち込むのは以下。

マジで落ち込むとき

  • できると思っていたのにできなかったとき
  • 「あともう少し」というところで手が届かなかったとき
  • 自分とどっこいの相手・自分の方が上だと思っていた相手に負けたとき

ただし誰の目から見ても、実力の違いが明らかな場合は負けても悔しいとは思いません。

例えばどんなに卓球にこだわりを持って一生懸命打ち込んでいたとしても、福原愛ちゃんと勝負して負けても「できない自分が悔しい」なんて思います?

言わずもがな、「ああ、やっぱりね」と笑い飛ばすしかないですよね。

似たような言葉で「できない自分が情けない」というのがあります。それは比較対象の相手がいなくて本当に自分だけの問題のとき。例えば加齢や病気などで、今までできてたことができなくなったときにそう感じます。

ただ悔しがっているだけではダメ

「できない自分が悔しい」、「その悔しさをバネにする」、「そう思う人は成長する」という昭和のスポ根的な考え方は以下の理由からです。

スポ根的な考え

  • 悔しければ悔しいほど、次にまた同じ悔しい思いをしないために頑張れる(という思い込み)
  • 悔しいのはそれだけこだわりがあって一生懸命やっている証(という思い込み)
  • 負けず嫌いで向上心がある(という思い込み)
  • 苦難に立ち向かう人は根性がある(という思い込み)

でも悔しい思いをした人全てが成長するわけではありません。それに、悔しがっているだけだけではなにひとつ現状は変わりません。

成長へのキモは、失敗とどう向き合うかです。

反省と後悔の違い

後ろを見て「できない自分が悔しい」と、イジイジ落ち込むのはただの後悔

人生は有限。あっという間に朽ち果てちゃう。時間がもったいないです。

悔しがっている暇があるなら反省しましょう。

今あるがままの「その人」が、今のその人だという事実。「今の自分の立ち位置はまだここなんだ」と、負けは負けとして客観的に捉えて受け止める。その上で何が足りないのかを分析し、「さあ次はどうするか?」を考えて行動に移した方がはるかに前向きで合理的。

反省をしても、後悔はするなって言うでしょ?

人は前を向かなければ1ミリだって未来には進めません。反省は、前に進むためのガイドライン。後悔は、成長とは対局にあってその場に留まることの原因です。

悔しさは成長の糧になるの?

では「悔しい思いは本当に成長の糧になるのか?」という話ですが、よく「成長するためには楽しいだけではダメ」と考える人がいます。だから悔しい思いも必要とのこと。

まぁスパイス程度ならいいかもしれません。だけど「悔しさこそがいちばん大事」みたいなドM的な考え方には「ちょっと待てぃ!!」と言いたくなります。

特攻隊員じゃあるまいし、そんな世界の不幸を一身に背負ったような、悲壮な覚悟なんて長続きしません。私に言わせれば、近視になってギュウギュウになって、過去の恐怖を引きずって、いつもおびえている人間が言う言葉ですね。

根性論は役に立たない

「悔しさをバネに」という考えは「苦労は買ってでもしろ」的な、やたら根性論を好む苦労教の熱心な信者に多いです。だからその言葉を鵜呑みにすると、何か選択するとき苦しい方を選んでしまうクセがついて、それを美徳だと思いこむ傾向があります。

私は若い人たちに言いたい。
「苦労なんて絶対に買うな!病気などを代表とする逃れられない苦しみも人生にはあるけど、もしも自分で選択できることなら、まず自分が楽でしあわせになれる方を選べよ」と。それは逃げることじゃなく、それが本当の「生きる」ことなんじゃないかって思うからです。

成長への糧は、成功体験から生まれる喜びの積み重ねです。その集大成が自信です。

ルート選びはだいじ

悔しい思いをしたくないから頑張るのと、成功したいから頑張るのとでは、同じ頑張るでも意識が違います。

前者には、どんなきれいごとを並べたところで、かつて自分に悔しい思いをさせた誰かを見返したいという思いがどこかにあります。

見返したい誰かを見ている瞬間、意識はそちらに向いています。いちばん客観視しなければならない自分から目が離れるわけです。

成功という同じゴールを目指したとしても、ルートが違えば見える景色も違う。到達時間だって、場合によっては結果だって違ってしまう。

「今に見てろよ」的な見返したい思いも時には必要でしょう。でも後者の方が成功したときの喜びはずっと持続します。

最後に

つらつらと書いてきましたが、以上が「”できない自分を悔しい”と思う人は、本当に成長する」と言われていることに対する私の違和感です。スポーツはダイスキだけど、自分を追い込むことを良しとする体育会系のノリは好きじゃないっていう話。

あなたはどう思いますか?

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(最終更新:2017/09/21)

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