Violet@Tokyo

支配欲が強い人の攻撃をサラリと交わす方法を考えてみた

約8分



タイトルのとおり、異常に支配欲が強い人に悩まされています。支配欲が強いだけならともかく、その人の醸し出す邪悪なオーラに精神がヤラれてしまうのです。

おかげで私を含む関係者たちは日々心を痛め、頭を抱えています。

そのような場合に対処法を調べると、本やネットの情報には「逃げるが勝ち、関わらないこと、スルーすること、相手を変えようとは思わないこと」と書かれています。

ある意味それは正しいでしょう。私も今まではそう信じていました。でも最近、必ずしもそうとは言いきれないと思うようになりました。逃げるのではなくサラリと交わすか、もしくは相手が寄り付かない方法を考えるべきでは?と思うのです。

逃げるだけでは事態は変わらない


自分の気持ちをごまかしながら大人のフリで折り合いをつけるにも、我慢の限界があります。こちらが我慢すればするほど相手の横暴っぷりはエスカレートするわけで、それは結果的に相手に居心地のいい環境を与えるだけ。事態は何一つ変わらないどころか、新たな被害者を増やすだけ。

それなら天に向かって吐いた唾が本人にそのまま返ってくるような、振り上げた拳の置き所がなくなるような、上手い交わし方を考えた方がいいです。

そのための条件は以下の二つ。

Point

  1. 相手と同じ土俵ではなく、正攻法な大人のやり方で
  2. 敵対すると面倒なので、戦わずして勝つ

相手の特徴を次項にまとめました。

百害あって一利なし!相手の特徴をざっくりとご紹介

  • 異常に支配欲が強く、常に自分が中心でなければ機嫌が悪くなる
  • 失敗しても自分の否は認めず、言い訳は達者。弁舌に淀みがないため、うっかり信じそうになる
  • 責任逃れは天才的。嘘をついてでも他人になすりつける。自分がついた嘘も忘れる
  • 失敗の原因は外にあると思いこみ、被害者ヅラして周囲に八つ当たりをする
  • 「あの人が悪い、この人が悪い」と平気で人をこき下ろす
  • 想像で人の悪口を言う
  • 感情が抑えられず喧嘩腰で暴言を吐く
  • 自分が言った暴言も、都合が悪くなれば他人が言ったことにするなど、事実と違うことを周囲に吹聴して歩く虚言癖の持ち主
  • 人を陥れている自覚がない。当然罪悪感もない
  • 人を利用するのは当然だと考えている
  • あらゆるトラブルの中心には常にその人がいる

相手に良心を求めても無駄!

その人の特徴は、全て以下の項目に当てはまっています。一口で言い表すなら「良心を持たない人」

実は前回のエントリーで紹介した「伝説のお局様」と同一人物です。この世の中の全員が鬱になったとしても、私の知っている限りの人間の中で、この人だけは絶対に鬱にはならないと断言できます。そのくらい最強です。

人を物だと思っている

人はオギャーと生まれて物心がつけば、親から、そして周囲の大人たちから「人を傷つけてはいけません」、「嘘をついてはいけません」と教えられて育ってきました。

仮に教えられた当時、その意味を理解できなくても、他人から嫌なことをされて自分が深く傷ついた時に「こんなことを人にしてはいけない」と学びます。それが成長というもの。

しかし相手は、人を傷つけても罪の意識を感じてないのです。人を人と思ってないからです。せいぜいゲームに出てくるキャラクターとか、便利に使える道具の一つくらいに位置づけ。当然そこには感謝の気持ちなんてありません。

所詮自分の道具だから、なじるのも捨てるのも自由なのです。

道具だから感謝する必要はないと感じている

たとえば…。パチンコがおもしろそうと始めます。おもしろくなって毎日通って夢中になります。

そのうちに飽きてきて、玉の出が悪い日が続いたりしているうちに、「なんなのよ、この台!もう二度とやらない!」と台を叩いて去っていきます。

月日が経って、ふと「パチンコやろうかなあ」と思い、またパチンコの台の前に座ります。このとき、パチンコ台に、「以前は怒って、叩いて去ってしまってごめんなさい」と言うか?

パチンコ台にそんなことはしないでしょう。だから「なんで謝らなければいけないのっ?意味わかんないっ!」になるのです。

そして、また毎日のようにパチンコをしますが、そのうちボウリングがしたくなり、パチンコ店にはパタッと行かなくなります。このとき、「ボウリングがしたいので、もうここには来ません。今までありがとうございました」と言うか?

彼らにとっては、やりたいことが見つかったらそっちに行くのが当たり前なだけ。お世話になったとか、そんなことをパチンコ台に言う方が「意味わかんないっ!」になるのです。

人に酷いことをしておいてケロッとしていられるのは、人はパチンコ台と同じ程度の位置づけに捉えているからです。

ではなぜ平気で人をモノ扱いできるのでしょうか?

理由はかんたん。相手の気持ちを汲み取る能力が根本的に欠けているからです。

「ムキーッ」ときたら、そういった想像力を胎盤の中に置き忘れて産まれてきたと解釈しましょう。「あら、お気の毒」という寛大な気持ちになれますって(笑)

所有物に対する執着はあるけど愛情はない

また道具に対する執着はあっても愛情はありません。大切なのは、それが自分の所有物かどうかだけ。だから「話し合えばわかる」といった中途半端な幻想は今すぐ捨てること。

たとえば切れない包丁を「この役立たず!」と、自分が捨てるのは当然だと思っています。しかしなんのことわりもなく、誰かが勝手に捨てれば激怒します。「あなたが捨てたなら私が使う」と、他人がそれを使っても激怒します。

使わなくても「自分の物」としてキープしておきたいのです。

これと同様、人間関係においても自分にとって利用価値がなくなればかんたんに切り捨てます。その切り捨てた人が、後に別の誰かと仲良くすれば「私の許しもなく勝手に」と、激怒します。切り捨てる権利は自分にあると信じこんでいるから、自分のもとから離れようとする人間を、徹底的に憎悪するのです。

さて人物像の説明はこの辺で。後半は、これらの特徴を持つ人にどうやって対処したらいいのかを考えていきます。

対処法

人とは思うな!物だと思え!

相手が道具だと思っているなら、こちらも道具と思うのみ。

「役立たずの切れない包丁だけど、どうにか使いみちはないものか?」

「錆びついたネジだけど、何か使いみちはないものか?」

廃物利用の方法でも考えてれば、たいていの怒りは鎮まります。

証拠を用意する

自分を守るためなら平気で嘘をつきます。「言った、言わない」を防ぐためにも1対1の話し合いを避けて、常に第三者がいるところで会話をします。

時には反撃に出るのも効果的

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自分の意のままに操ること、自分に足りない能力をカバーさせることが目的なので、彼らが好むのは素直で口答えをしない従順なタイプです。その中から適当に能力がありそうな人を選んで支配下に置こうとします。

ただし支配下に置かれて大切にされるかといえばそうではありません。手柄は独り占め。失敗の責任を押し付けられて責めたてらるのが関の山。もしそのような理不尽な扱いに我慢ができなくなったら、はっきり拒絶の姿勢を示しましょう。

ふだんきつい人がきつい言葉を言うのと、ふだん優しく穏やかな人がきつい言葉を言うのとでは、相手の受ける印象はまるで違います。それにより「ああ、こんな一面もあるんだ。なめられないぞ」と思わせれば、その後の態度はガラリと違ってくるはずです。

何にこだわっているかは相手の言葉の中にある

とにかく口達者。嘘だって澱みなくスラスラ言ってのけますが、よくよく聞いていると、相手のコンプレックスが放った言葉の中に散りばめられています。何にこだわっているのかの答えがそこにありますから、聞き漏らさずに分析し、それを逆手に取りましょう。

例えば「仕事ができる」アピールをすれば、能力のなさが相手のコンプレックスだと解釈すればいいのです。するとやるべきことが自動的に決まります。あなたはただひたすら、自分の能力を磨けばいいだけ。

ちょっと出た杭は打たれますが、大木になってしまえば相手は寄り付きません。代わりに別の杭を探すでしょう。だからその別の杭も自分の仲間に取り込み、相手が近づけない大きなエリアにしてしまえばいいのです。

最後に

このように常識では考えられない人物と相対する時は、単独ではなく、周囲と同盟を結び、自分のエリアの安全を第一に考えるのが最善の方法です。敵対したり逃げたりするのではなく、寄りつけないようにする。これが戦わずして勝つ方法です。

オススメの本

 

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