Violet@Tokyo

人間関係で理不尽な扱いを受けたときに心がけたい3つの対処法

約 5 分



人間関係のトラブルに巻き込まれたとき、「世の中って理不尽だな」と思ったりしませんか?

特に、誰がどう見てもおかしいのに、それがまかり通ってしまう状況に遭遇したりすると、より理不尽さを強く感じてしまうのではないですか?

この記事では、人間関係における理不尽さにどう対処するかをご紹介します。

理不尽な扱いを受け入れる?


あなたは理不尽な扱いを受けたとき、「理不尽が詰まってるのが人生だから、それを味わって生きていかなきゃならない」と、自分を言い聞かせ、黙って相手の言いなりになりますか?

ただ無抵抗に受け入れて我慢しますか?

逆らわなけれは面倒な揉め事にはならないでしょう。でも心の中はそうはいかないと思います。「あのとき、ちゃんと言えばよかった」と後悔することもあるでしょう。

では、反論すればいいのでしょうか?

ケースバイケースではありますが、結論から言えば、少しくらいの理不尽さは軽く受け流すのが吉。

しかし、あまりにも理不尽だと感じたら、要求が通るかどうかは別として、反論だけはしたほうがいいです。

理不尽な扱いに、どう対処する?

問題はどう対処するかですよね。方法を一歩間違えると、下手をすれば自分の立場が危うくなる場合もあります。

以下に私の経験談を交えて、理不尽な状況への対処法を、3つに絞ってご紹介します。

ポイント1.試合に負けて勝負に勝つ

私は大人ばかりの世界で育ったせいか、小学生に上がっても、子どもの「無秩序で理不尽なルール」に無知な子でした。

ある日間違っていること(誰かをわけもなくイジメてるとか)を、思わず「それっておかしい」と指摘してしまったことがあります。すると翌日から、それまで遊んでいた何人かの友だちが私を避けるようになりました。私が人生で初の理不尽さを学んだ瞬間です。

こういうのは子どもだけでなく、大人の世界にもよくあること。いや、大人の方がはるかに巧妙で陰湿かな?

大人はタチが悪いですよ。マイナスの印象を周囲に植え付けるための情報操作なんてお手の物。「正しい人」であるかのような体を装いつつ、告げ口・陰口、影でコソコソ足を引っ張るような工作まで平気でしますからね。

誰かを「悪人」にして、自分の居場所を作り、自分を正当化するために事実無根の嘘をでっちあげるのは朝めし前。口が上手くなる分だけ、子どもより始末が悪いです。

子どもの「無秩序で理不尽なルール」を、大人になってまで実践するような人を、言葉だけで変えることはまず無理です。一貫したものが何もない、そんな相手に感情的になって断罪しても、対立を深めるだけ。

本当の勝利とは?

“勝利する”というのは、言葉で言い負かす、力で押さえ込む、法的に勝つことだけを指すのではありません。最後まで、相手の不当な言い分に屈しないことを指します。

一見負けに見えると思いますか?

でも違います。理不尽な行為を強いる人は、その時点で負けているのです。「後ろめたさ」というハンデを背負っていれば、どうしたって批判には敏感になります。自分と異なるものを攻撃する意識も高まるので常にストレスに晒された状態にあります。

ずる賢さを発揮して、最初はもしかしたら有利に運ぶかもしれません。

でも、いつまでもは続きません。事実は事実として永久に変わらない以上、いつか必ずボロを出します。

だからそういう人は放っておいて、自分が間違ってないと思うなら、理不尽がまかり通る不当な世界から距離を置き、堂々と生きていくことが本当の勝利への近道です。

ポイント2.事態が変わらないなら流してしまう

次に味わった理不尽さは、高校生くらいの頃。バイトでお金を貯めて買ったお気に入りの自転車が、ちゃんと鍵をかけておいたのに、翌朝盗まれて失くなってました。

親に買ってもらったものならそこまで悔しさを感じなかったかもしれません。でも初めてのバイトだっただけに、あの時は本当に悔しかったです。だって、翌朝ですよ?ロクに乗らないうちにですよ?

それでもどうにか気を取り直し、「またお金を貯めて買えばいいや」と、その理不尽さを受け入れました。いくら「悔しい!」と叫んでも、盗まれた自転車は戻ってこない。それなら次は、もっと良い自転車を買おうと、またバイトに励みました。だから、やっと手に入れた時は本当にうれしかったです。

ポイント3.自分の感情と素直に向き合う

「感情はコントロールできない。できるのは、それに伴う行動だけだ」──これは何かの本で読んだ一文。

誰だって、理不尽な扱いを受ければ、悔しいと感じるのは当たり前。「悔しいものはどうしたって悔しい」という心の声を、無理に押し殺す必要はありません。素直に受け入れてあげましょう。そうでないと最悪の場合、自分を責めて心が病んでしまいます。

これを自転車の例でご説明します。買ったばかりの自転車が盗まれれば、悔しいのは当たり前。「あのとき、あんなところに置いた私がバカだった」と、いくら自分を責めたところで、自転車は戻ってきません。

それならまたバイト頑張ってお金を貯めよう、もっと良いのを買おうと意識を変えて、そのための具体的な行動を起こすしかない、というのが上の言葉の意味です。

やはり自分から行動をしない限り、事態は変わらず、自転車は永遠に手に入らないのです。

理不尽さを強いる人をじっくり観察しよう

理不尽な扱いを受ける人がいれば、当然誰かに理不尽さを与える人がいます。

もしあなたが前者の理不尽な扱いを受ける立場なら、理不尽さを与える側の人物を冷静にチェックしておきましょう。

なぜこの人は、こんなことをするのだろう?

この人は、こんなことをして幸せなのか?

それで満足なのか?

するとその人が抱える劣等感だったり、幼少期のトラウマだったり、生活上のストレスだったりと、必ずといっていいほど何かしらのヒントが出てくるはずです。

だって本当に満ち足りた人なら、不当な理不尽さで他人を窮地に陥れるようなことはしませんから。ま、まともに戦う価値もない相手だけど、弱点くらいは知っておいて損はありませんよ。以上です。

 

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このブログは私が日々感じたこと、考えたことに独自の視点を交えて書き留めている忘備録です。読者の方に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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