10代から20代前半にかけて濃密な時間を過ごした人というのは、”仲間”とか”親友”といった、ありきたりな呼び名では表現できない。だって、肉親よりも密接な関わりを持つ人たちだから。
だからこそ、その頃に同じ時を過ごした仲間は自分の片割れ。血肉の一部なんだなぁと感じたのは、2日から5日にかけてAbemaTVで放送された元SMAPの香取慎吾さん、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さんによる「72時間ホンネテレビ」のワンコーナー、森くんとの再会のシーンを見たとき。
この番組については色んな人が触れているので今さら感はあるけれど、やっぱり自分の思いを、自分の言葉でちゃんと書いておきたいと思ったので以下にまとめます。
「#森くん」でツイートしまくり
森くんと再会した瞬間の、剛くんの涙だけでもう涙腺崩壊。メンバーの中でも慎吾ちゃんをことのほかかわいがっていた森くんは、「末っ子の慎吾ちゃん」に対する当時のままの気持ちで接していたのが嬉しくて微笑ましくて…。
慎吾ちゃんもこぼれんばかりの笑顔。ある事情があって長いこと「森くん」の名前さえ言えず、自由に会うことも許されなかった日々を乗り越え、やっと「ダイスキなお兄ちゃん」に会えた嬉しさを、全身で表現していました。この瞬間から何度も何度もティッシュ片手に「#森くん」でツイートしまくっちゃいました。
72時間という長丁場、ずっとかじりついて見ていたわけではないけど、森くんとの再会からレース場内を案内してもらう合間でのトークシーンと、フィナーレの「3人だけの72曲生ライブ」だけは食い入るように見てました。
これは慎吾ちゃんのツイート。
森くんに抱きついた。少しセーブして抱きついた。僕の重さで大切な森くんの体を壊さない様に。#ホンネテレビ #香取慎吾 #草彅剛 #稲垣吾郎 #森くん
— 香取慎吾 (@ktrsngofficial) November 4, 2017
見損なったシーンは、昨日から今日にかけてAbemaビデオを何度も再生してチェックしています。
ふたつの安堵感
4人の話を聞いていて、ふと、お祭りのようだった自分の10代の頃を思い出してました。
生きる世界は違っても、”あの頃の男子”が夢中になってたことが手に取るようにわかるし、スーパースターだ国民的アイドルだと言われても、普通の男の子がたどるであろう成長の過程を、ひとつもはしょることなく、ていねいに一歩一歩確実に踏んでいったんだなぁというのがよーくわかりました。
もともと私はそういう人間味を感じたからSMAPが好きだったわけで、その根幹の部分というか濃縮されたエッセンスをぶれることなく、彼らがそのまま持ち続けていることに対してホッとしたというか、とにかく安堵しました。
こういうのって現実社会でもありますよ。例えば数十年ぶりのクラス会。あのころ尖ってたことを言ってたような人が、久しぶりに会ってみたら丸くなられたというか、大人になられたなと感じたとき、一抹の寂しさがふとよぎる瞬間はありません?私はありますよ。
何も当時のようなバカがしたいということではなく、根幹の「自分らしさ」がなくなってしまったことに対して寂しさを感じるのです。
で、そんな時はいつもこう思います。ふるいにかけられて粉となってまわりに溶け込んでいった人たちと、ふるいに残ったまま、自分らしさを消すことが生まれながらにできない人とに分けられていくのかなって。
そういう人間は、派閥やしがらみの世界では生き辛い。今回の独立組3人と森くんがふるいに残ったままの人たちだとしたら、残留した2人は粉になってまわりに(テレビ界)溶け込んでいった人のかな?なんてね。
誰よりもSMAPを愛していたのは、6人全員ともそうだと言い切れます。でも自分が置かれた環境によっては周囲に溶け込み、その中で生きていくしかない状況もあるわけで、それもまた生きるということです。「絶対的な正解」なんてこの世にないと私は思っているので、こればかりは誰が良いとか悪いとかの問題だとは捉えていません。
もう一つの安堵感、それは、あの3人のキラキラとした笑顔。
慎吾ちゃんも剛くんも、イキイキとした表情で心から番組を楽しんでいました。
極めつけは番組の最後に「ずっとずっと仲間だから応援しています」という森くんからのメッセージを聞いた時に見せた吾郎ちゃんの涙。いつもクールで感情を出さなかった人が、顔をくしゃくしゃにして涙を流したわけだから、これまでの色んな思いが、全てそこに凝縮されているようで、胸に迫りくるものがありました。
普段ずっとクールな吾郎ちゃんが、森くんが出てきた瞬間。森くんが、一緒に頑張ろうって言った時、見たこともないくらいに泣き始めた姿に改めて絆が深いなと。慎吾も普段泣かない方なのにね。72時間お疲れ様でした。また何かの機会で、森くんとのお仕事が見られればいいな。 #72時間ホンネテレビ pic.twitter.com/LzcTdGVnlL
— りい (@abczedefu2) November 5, 2017
昨年の、あの屈辱的な謝罪会見から思うと、こんな笑顔がまた見れるなんて、もうそれだけで嬉しい。これからは前だけを見て、ずっとずっと楽しく遊ぼうよって感じ。
72曲のメッセージを勝手に推察
「僕ら、曲がないんで…」と剛くんが言って選んだ72曲に関して、「残留組へのメッセージではないか?」など、いろいろな憶測が流れています。
もちろんそれもあるかもしれない。でも、リストを見て私なりに感じたことを書いておきます。
みな、ノリノリで歌える元気が出るイメージの曲ばかり。でも彼らの年代から考えると、ずいぶん古い曲が入っているなって思いませんでしたか?
上を向いて歩こう(1962)は、これからの彼らの意思表明として受け取ったので割愛します。
でもそれ以外の、翼をください(1971)、あの素晴しい愛をもう一度(1971)、心の旅(1973)、時の過ぎ行くままに(1975)あたりを見てオッと思ったことがあります。これらはいずれもSMAPのメンバーが生まれた頃(1972年〜1977年)に流行った曲ばかり。
このセレクトはSMAPファンの年齢層が幅広いからというサービスかもしれない。誰もが知る名曲で、ただ好きだからだけかもしれない。
でももしメンバーたちの生まれた年代を意識してのことなら、「誕生」を意味しているのかなって思ったのです。私もカラオケに行って古い曲を歌うことはありますが、さすがに自分が生まれた頃の曲までは歌いませんもの。
そしてそれぞれの歌詞を調べ、それらを総合してみると「SMAPが誕生した頃のように、同じ夢を見ようよ。悲しみのない世界で自由に羽ばたこうよ。新しい地図を持って一緒に旅に出ようよ」みたいなメッセージかな、なんて思ったりしているわけですが、考え過ぎでしょうか。
6人にエールを
今回のネットテレビの成功で、残留組がいろいろ言われているようですが、それはチト、いや、かなり違うのではないのかと。
同じ夢を見てスタートを切った仲間でも、時間の経過と共に違う道を歩むことはあると思います。でもそれぞれがSMAPを心の拠り所にしている限り、生きてさえいれば必ずいつか6人笑顔で再会できる日は来るはず。だって互いが自分の片割れであり、血肉の一部なんだから。
そのためにも残った二人は、老害によって作られた、業界の悪しき習慣やしがらみを排除してって欲しい。そのための力を今後に続く人たちのためにもつけてってほしいし、それが彼らの責任だと思ってます。
業界であたりまえとされてきた、問題視されない問題こそ、実は一番の問題なのだから。それを見逃すことなく、しっかりメスを入れられる存在になっていって欲しいです。
そして新たなスタートを切った3人は、残留した二人が悔しがるくらい、新しい場所で楽しく自由に、思いっきり羽ばたいてってほしいと、そんな風に願ってます。
いつの日か、どんな形でもいいから6人揃った笑顔のSMAPをまた見てみたい。
それにはまだもうしばらく時間が必要かもしれないけど、私が生きているうちに、足腰が立つうちにぜひ、飯島さん、お願いします!以上。
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