Violet@Tokyo

働きたくない、就職する気がおきないと思ったらココに注目!

約 6 分

「就活中だけど働きたくない」という記事を見つけたので、思うところを書き留めます。

新卒で就活中です。SE(上流)・ITコンサル・ゲームプランナーあたりを志望していたはずですが、やる気が出ません。去年も就職活動をしていたのですが、内定を辞退して今もやる気が出ません。留年しているということもあり、働いている知り合いもいるのですが、死にそうに見えます。

就活をしていると、地方公務員とか、メーカーのルート営業はホワイトっぽいイメージがあります。ただその地方公務員やルート営業をやってる人間ですら「辞めたい、転職したい」とぼやいているのを見ると、働きたくないと思うばかりです。

こう言うと、じゃあ働かなければ?と言われそうなのですが、それもやはり抵抗感があります。しかし、考えれば考えるほど、働きたくなくなってきます。

働くこと自体と、目下の就活に対して何かやる気が出るようなアドバイスをいただければ幸いです。やる気なんか自分で出すか、カウンセラー、心療内科にでも行けという話だとは思うのですが、どうかお願いします。

情報源: 「仕事が楽しい!」と思う人がやっていること | 非学歴エリートの熱血キャリア相談

イメージが足を引っ張っている

外から入ってくる情報─「ブラック企業」、「過労死」、「社畜はダサい」、「満員電車、最低」という漠然としたイメージに加え、周囲の「仕事を辞めたい」という声を聞くと、「ほらやっぱりね」と自分のイメージがあたかも正しいことであるかのような錯覚を起こす、頭でっかちのイメージ先行型。

「働かないといけないな」という思いはあっても、具体的に何をしていいのかわからない。これといってやりたいこともない。

まさかそこに「思い込みの壁」があるとは思ってないから、人はつい「やらなくていい理由」を探したくなるものです。

スタートラインに立つと怖気づく

その気持ちはわからないでもありません。

私もかつて自分が望んだ職に就きたいと思って学校に通い、国家資格を取ったというのに、いざ就職先が決まると「本当にこれでよかったのかな?」みたいな暗い思いに囚われたことがありました。典型的な内定ブルーです。

私のように「この仕事に就きたい」と目標が決まっていてもそう思ったのだから、明確な目標がなければやる気が起きないとしても無理はないかなと。

でも実際に働いてみたら、そんな思いはふっ飛びました。楽しいとかつまらない以前に、とにかく毎日が無我夢中で、やるっきゃないという感じ。その過程で少しずつ楽しさややりがいを、自分なりに見いだしていったように感じます。

時が流れた今、懐かしく思い出すのはそんな下積み時代。肉体的にも精神的にもしんどかったけど、同期の仲間と泣き笑いしながら励まし合って、ほんの少しでも上を目指そうとしていた頃が、今は大切な1ページとして私の心のアルバムにしっかり刻まれています。

走り出せば見える景色も違ってくる

だからこれだけは言える。スタートラインに立ったら、とりあえずスタートを切って走り出せって。その先に起こることは起きてから考えればいい。どうしても向かないと思ったら別ルートを探せばいい。走り出す前に、自分でややこしくする必要なんてないのです。

スタートラインの景色と、走り出してからの景色はまるで違います。走り出してからだって、上りもあれば下りもある。慣れてくればその景色を楽しむゆとりも生まれるけど、ゴールが近づくと息切れもしてくる。

やりがいも楽しさも、全てはスタートラインの先にあるもので、これは実際に走った者でなければわからないことです。

生活のために働くことはダサいことではない

それでもどうしてもやる気が起きない、やりたいことが見つからないならせめて、どうやって生活の糧を賄っていけばいいかを考えればいい。

人が生きていく上で必要なお金─家賃、光熱費、食費といった類ですよね、それを得るには最低いくら必要なのか。そこから保険や税金を納め、たまに洋服を買う。年に何回かの旅行をする。友達と遊んだり、趣味のお金を捻出する。

いずれ結婚をすれば家も欲しくなるだろうし、子どもが生まれれば養っていかなきゃならない。

と考えれば、生きていく上で必要なお金を得るためにはどうしたって働いていくしかないのです。

  • じゃあ、そのお金を得るためには何をしたらいいのか?
  • どういう仕事なら自分でも続きそうなのか?
  • 大雑把でいいから最低でも「これだけは無理!」と思うのは何か?

財閥の御曹司にでも生まれたのでない限り、これが世の現実なのだから、上の3つを考えるしかないのです。

最近はキラキラした仕事ばかりがもてはやされているようで、そうならないと「人生終わった」みたいに焦りまくる人もいます。だから「社畜」なんて言葉が生まれたのかもしれません。

でも彼らが無価値かといえば、そうではありません。堅実に生きるための将来を見据えて仕事をしていくことは、ダサいことでもなんでもありません。

大切なことは、とってもシンプル。自分の食いぶちを自分で稼ぐのは、とても立派なことです。そういったあたりまえのことを軽視してはいけません。

平凡は奇跡だ

必ずしもやりたい仕事ではなかったかもしれないけど、特に辞める理由もないからそのまま働き続けたとして…。

時が経ってふと、日々の暮らしを見つめたときに、「世の中不景気だのなんだのと言っても、自分は安定した給料をもらえてる。有給も取れて家族みんなで遊びにも行けてる。子どもも元気に育ってる…。アレ、オレの仕事もそう悪いものじゃなかったな」みたいなことに気付くと、平凡であることに有り難さを感じるのです。

それらを手にしている状態ではわからないかもしれないけど、失ってみれば痛いほど平凡の偉大さがわかるはず。

人間は年を経るごとに、生きてきた年月の中での他者とのかかわりから生まれる経験が顕著に表れます。平々凡々とした日々こそが大切な知恵となり、物事のそのままの姿を見れるようにしてくれるというか。

そういう人が大半を占めているからこそ、世の経済や流通が成り立っているわけで、社長一人では車はおろか、タイヤ一つだって作れません。

と考えれば、「どうせ企業の歯車だ」と見下したり、「AIがー」と、恐怖心を煽る人の方がどうかしてるのです。

くっだらない外野の雑音にとらわれることなく、何十年か後に「紆余曲折はあったけど、それでも自分はいい選択をしてきたな」と思える人生を歩んで欲しいものだと願ってやみません。

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(最終更新:2017/11/21)

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