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嫌いな人・苦手な人との付き合い方|ストレスを減らす3つのポイント

約8分



人間関係の悩みで多いのは、嫌いな人・苦手な人との接し方ではないですか?

できれば顔なんか合わせたくない。関わりなんて持ちたくないと思っても、その相手が身近にいる人だったらどう接したらいいのか迷いますよね?

結論から言えば、嫌いな人・苦手な人と無理に仲良くする必要はありません。しかし以下でご紹介する3つのポイントさえ押さえておけば”それなりの付き合い”をすることは可能です。それによりストレスはかなり軽減します。なお後半に書いてあることは私の体験談です。どうかおつきあいください。

1.その人と会う前に必要以上に心配しない

「○○に行くと、あの人に会うから憂鬱…」と考えだすと、そこだけに意識が向いて、神経が過敏になってしまいます。

その結果どうなるでしょう?

たった5分のことでも5時間くらいに長く感じられ、ますます憂鬱な気分に拍車がかかります。それなら「たった5分の辛抱」と割り切り、顔を合わせる直前まで相手の存在を心の中から追い出して、今を楽しみましょう。

2.会っている時は極力相手の言い分を受け流す

どうしても嫌いな相手を前にすると、相手の嫌な部分に意識が向きます。あまりに価値観が違いすぎたりイヤミを言われたりすると、つい言い返してやりたくなるでしょう。

でもそんなことをするだけ時間の無駄。余計な会話はしない方が得策です。合わない人と意見交換をしても、ストレスがたまるだけです。それどころか相手に攻撃材料を与えるだけ。

「ああ、この人はこう考えるんだ」「この人はこういう人なんだ」と、柳に風のごとく受け流し、心の中で「また言ってるわ」と、あっかんべーでもしておきましょう。

「今」だけだったら、なんとか耐えられるのではないですか?

3.会わない時間は相手のことを考えない

一緒にいない時間はあなただけのもの。イヤな人のことなんて考えるのはよしましょう。第一、時間がもったいないです。

ついどうしても考えてしまうのであれば、強制的に考える時間を作らない工夫をしましょう。

体を思い切り動かしてエクササイズ。カラオケで歌いまくる。友達と美味しいものを食べるなど、イヤな人のことを考えるより、自分にとっていいこと、自分がより楽しいと思える時間を増やすことのみに意識を向けましょう。「フリ」だけでもいいから楽しそうにするのです。

【これは経験談です】私は隣人が嫌い

嫌いな人.苦手な人.付き合い方
上記にご紹介した3つの方法を読んだあなたは「それができれば苦労はしない!できないからストレスがたまるのよ」と思っているでしょう。

確かにすぐには無理です。私だってそう割り切るまでかなりの時間を要しました。これらの行為は気持ちを別のところにそらしているだけの逃げだし、悩みの根本が解決されたわけではないのですから。

でも相手を変えられない以上、相手との関係性を変えるか、自分の意識を強引にでも変えるしかないのです。そんな時間を少しずつ増やすことで生まれる心のゆとりもあるのです。

隣人に悩まされた時期は地獄だった

私は隣人が嫌いです。顔も見たくありません。「隣人」との関係性を変えるためには「引っ越すしかない」と、一時は本気で思いつめた時期もありました。

実はここに挙げたのはごくほんの一部。どんだけ個性的な人が集まっているんだという話です。でもそれは新興住宅地によくある問題です。もっと病的で悪質な人に、後に泣かされることになるのですが、それはまた、別の機会にお伝えします。

情報源: 新興住宅地の近所づきあい|深入りするとヤケドするクセモノ主婦の特徴 | Violet@Tokyo

その隣人こそが後に泣かされた「もっと病的で悪質な人」でした。

ざっくり言うと、嫉妬からくる嫌がらせです。イヤミな物言いはもちろん、自宅の駐車場に止めておいた車に何度も傷をつけられたり物を盗まれたりして、警察に相談したことも数回あります。

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この一週間

最初のうちは思い当たるトラブルはなかったので、隣人の仕業だとは思いませんでした。でも度重なると相手の態度でわかってきます。犯人は目の前にいるのに肝心の証拠がない、切り札がない。その悔しさといったら…、想像できます?

今思い出ても、我ながらよく正気を保てたものだと、自分の精神力のタフさを褒めてあげたい気分です。

「相手のことを考えないように!」と自分に何度言い聞かせても、相手は隣に住んでいる。会いたくなくても会ってしまう。あのおぞましい顔を見ると、また怒りがこみ上げてくる。─その繰りかえし。

「ああ、このままじゃダメだ」と思った時、引越しを考えました。

被害者がなぜ引っ越すの?

それを思い留めたのは、ある人の言葉でした。

「あなたたちが引っ越す必要はない。そんな人は放っておいても、いずれ自滅するよ!あなたたちは絶対に悪くない!」

確かに。私が引っ越して喜ぶのは相手だ。相手が喜ぶことを断じてやってはいけない。負け犬にだけはなりたくない。

こういうことがあると中には「やられる側にも非がある」みたいなことを平気で言う人がいます。これをセカンドレイプと言いますが、カフカの小説より不条理で、それがよけいに被害者を追い詰めるのです。

でもそんな像力のカケラもないような輩なんて、ガン無視!見ている人は、ちゃんと見ていてくれています。

とはいえ、何をどうしたってその悔しい記憶は削除できません。だとしたら、新しいものでひとつずつ上書きしていけばいい。不条理だと思うなら、「不条理なことがあるのもまた人生」と思えばいい。そうやって自分のココロを保つことだけを考えました。

堂々と居座る選択をした結果…

「引っ越すべきは私ではない!」

腹を決めて、この地に居座ることにしました。一種の開き直りです。

ひとたび目的を定めると、そんな精神状態にあっても意識は「どうしたら自分が幸せでいられるか」に向いていきます。

人は、方向性さえしっかり決めれば、あとは自動的にその流れに乗るようになっているのだと、この時知りました。いつしか上記にご紹介した方法を、自然と実践するようになっていたのです。

きっと暗闇の中で一筋の光を求めてもがきながら、光が示す方向に、着実に進んでいったのです。その後、私の精神状態はしだいに落ち着きを取り戻しました。

一歩でもいいから前に進む。それしか道は開けません。進むことで見える景色が変わってくるのですから。これは”今”だから言えることです。

新しい趣味に没頭

この頃、近所の人のお誘いで学生時代に少しだけかじったバドミントンをまた始めました。

「くだらない人間関係で消耗するくらいなら、自分が楽しいと思えることに時間を費やそう!」

思い切り体を動かすと、イヤなことなんて忘れちゃいます。とにかく、ヘトヘトになるまでバドミントンに没頭しました。1週間に10日練習しました。ごくたまに「ババア!」と言いながらスマッシュを打つこともありますけどね ヽ(*´∀`)ノ

そうそう、人間関係がどんどん広がるという副産物も得ることができました。それによって楽しさに拍車がかかり、よりバドミントンに没頭していきました。

一方相手は…?

自分がやったことの後ろめたさから外に出られなくなり、やがて精神を病んで体調を崩したそうです。風の便りでそんな噂をチラッと耳にしました。

すぐ隣の人なのに、こんなふうに風の便りで知るくらい遠い存在になれたらしめたもの。もともと病的な考え方をする人なので、なるべくしてなったわけで、これを自業自得と言います。このように魑魅魍魎は、いずれかってに自滅するようになっているみたいです。

ストレスを抱えるのは自分が原因という気づき

嫌いな人.苦手な人.付き合い方
もちろん今でも大キライです。でもあれほど悩まされたというのに、今はそれほどストレスを感じていません。「相手の存在」に対する自分の考え方の変化によるところが大きいのだと思います。

以前は「こんなことをしでかしたんだから、早く私の前から消えていなくなれ!」と思っていました。でも実際にはそうならない。だって持ち家ですからね。相手にだって住む権利はあるのだから、そうかんたんにはいきません。だから私は思い通りにならなくて、イライラしてたのです。

でも「世の中にはこんな人もいるんだ」と、相手を自分と同じ人間とは思わず、異質の害虫とか、新種の生物とか害しかもたらさないウイルスくらいの位置づけにするとどうでしょう。隣に住んでいても、ストレスがスーッとなくなるのです。これは不思議でした。

きっとその理由はこうです。自分と同じ人間だと思うからストレスがたまる。

「もし私だったらとてもじゃないけど住んでいられない。でも相手は平気な顔をして住んでる」と思うからストレスがたまる。

「自分ならこうするのに」という自分の基準を相手に当てはめようとしていたからストレスがたまったのです。

つまりストレスを抱えた本当の原因は、自分の中にあったというわけ。これも“今”だから言える話です。その気づきに至るまで、ずいぶん長い時間を要しました。

こんな経験をしたおかげで、物事を俯瞰して見るようになりました。だからといって、二度と経験したくはありませんけどね。──と、まるで過去形で書いていますが、事態はまったく変わってません。隣人の様々な陰謀・策略・嘘・誹謗中傷は相変わらず今も続いてます。

でも私の気持ちが「過去のもの」として捉えることができるようになった分だけ私は確実に前に進んでいるのだと感じます。

今してこう書いているのは、記憶の老廃物を出しているに過ぎません。これら一連のできごとをひとつの記録として自分史として残しておきたいと思ったから書いているのです。

最後に

みんな自分の人生を、ときに生き生きと、ときに絶望し、それでも生きてます。どうせ生きなければならないなら、イヤな人のことなんて考える時間を減らし、いかに自分が幸せでいられるかに意識を注ぐことが大切ではないでしょうか。

 

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このブログは私が日々感じたこと、考えたことに独自の視点を交えて書き留めている忘備録です。読者の方に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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