超高齢化社会に突入して、考えなければならないのは介護の問題。
老人福祉が行き詰っている現在、他人事ではないのでちょっと取り上げてみます。
自分や夫の親ならある程度は納得できますが、夫の兄弟だったらどうでしょう。
私にとって「いつかは考えなければいけない問題」という認識はありましたが「できれば考えたくない問題」でした。
けれどその”いつか”が急遽訪れました。このような時、嫁はどう対処したらいいのでしょうか。
降ってわいた介護問題
まずは概要から。
義兄のスペック
夫は二人兄弟の次男。2歳違いの兄がいます。彼は生涯独身、両親はすでに他界し、同じ市内にある実家で一人暮らしです。10年ほと前にストレスからうつ病になり仕事を退職。現在は年金暮らしです。
行き来はほとんどなく、たまに電話連絡をする程度。自分のことはあまり話さない人なので、夫は心配しつつも遠慮があるのか、それ以上聞かないスタンスを保ってきました。
なので金銭的なやりくりはどうしているのか、退職金と年金だけで生活は賄えるのか、体調の管理はどうしているのかなど、聞きたいことは山ほどありますが、日々の暮らしぶりに関しては全くわからない状態です。
近所の人から突然の連絡
そんな折、実家の近所に住む方から電話連絡を受けました。
「郵便受けに4日分程度の新聞がたまっているので様子を見に行ってください」
夫は会社を早退し、義兄の元に向かいました。夫の話によると、義兄は足が痛くて歩けず、会話の内容も要領を得ないとのこと。それで救急搬送しました。検査の結果、内臓に疾患が見つかり2週間の入院が決まりました。
実はこれ、二度目です。以前は近所の人が救急車を呼びました。
このような時、救急隊はこちらに連絡をしてきます。一度目の時は数時間で症状がおさまったのでその日のうちに帰れることになりました。しかし夜間に何かあると困るので、その晩はうちに泊めました。
それから数年間は何事もなく過ぎましたが、今日になって再びこのような事態になりました。
この先も何かあるごとに連絡が来て呼び出されるでしょう。しかもその頻度は確実に増えていくと思います。
兄弟に介護の義務はあるのか?
このように社会のシステムは、一人暮らしの親族に何かあれば、身近にいる親族に連絡が来るようになっています。
そこで親族には介護の義務があるのか、法的観点で考えてみます。
民法 第877条
『直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務がある。家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる』
でもこれは「扶養」であって「介護」ではありません。扶養とは経済的な支援をすることであり、食事や入浴など生活をする上での介護的な世話までは含まれていません。そのため直系血族である夫でも、義兄に対して介護の義務はありません。
ただしこの条文を読んでみると、新たな不安が発生してきます。
義兄は現在無職です。退職金と年金でやりくりをしていますが、介護施設に入居できるほど多くの資産はありません。この先資産が底をついてしまったら、直系親族である私の夫に扶養の義務が課せられるのでしょうか。
私たち夫婦だって義兄に経済的な援助ができるほどゆとりはありません。自分たちの生活で精いっぱいです。
それを調べたところ、民法上では一応そうなっているけど、自分の生活レベルを落として貯蓄を切り崩してまで義兄を経済的に援助しろということではありません。あくまでも「余裕があれば援助してあげてほしい」ということで、法的な強制力はありません。
もちろん刑法ではないので援助しなくても犯罪行為になるわけではありません。第一そんなことをしたら、これからの時代はなおのこと、老後破産者続出です。
私の不安
いくら法的に介護義務はないといっても、世の中は法律だけで動いているわけではなく、道義的にどうかという問題があります。
日本の道徳は兄弟は仲良く助け合うことを美徳としています。義兄にとって身内は夫だけです。肉親の情がある以上、兄思いの夫は何かあればきっと知らん顔できないでしょう。
けれど私にとってはアカの他人、しかも相手は男性だから抵抗があります。冷たいかもしれませんが、いくら日本の道徳がそうであっても義兄の介護なんて私にはムリです。
理由は以下のとおりです。
- 親と違って先は長い。夫と年が近ければ、ダブルの介護という可能性だってある
- 万が一夫に何かあって義兄だけが残ったらどうなる?
- 自分たち夫婦が暮らすだけで精いっぱい。兄の面倒まで見る金銭的な余裕もない
- 時を重ねていけば義兄の状態も悪くなるのは容易に想像がつく
- 同じようにこちらも年をとっていく。最悪の場合、共倒れだってありうる
夫と話し合ってみた
私は自分の気持ちをちゃんと伝えることにしました。
なんとかなるかと安易に引き受け、「やっぱり無理」と途中で投げ出すより、その方がお互いのためと判断したからです。
夫はあっさりとこちらの申し出を受け入れました。私が退院間もないことを考慮しての判断だと思います。
けれどこの先の道筋だけは作っておく必要があります。当面すべきことは以下の二つ。
- 役所に行って在宅介護の相談をする
- 金銭的なことをきちんと把握する
生活面の世話や経済的な援助は無理でも、福祉関係への相談や事務手続きなどはやるつもりでいます。もちろん義兄の資産状況が可能であれば良質なサービスを提供してくれる施設も探します。
まだ混乱していてこれ以上のことが思いつきませんが、当面は可能な範囲でベストと思えるケアや介護が受けられるように動いていきます。
明日は我が身
多くの人がそうであるように、義兄だって若く健康な時は「独身であっても、ぜったいに誰の世話にもならない」と思っていたはずです。
けれど嫌でも人は年をとっていく。そうなれば病気にもかかりやすくなり、身体能力だけでなく判断能力だって落ちていきます。結局は誰かの世話を受けなければ生きていけません。
これは子どもがいない私たち夫婦にとっても頭が痛い問題です。
「好きな人と同じ瞬間に死なせてください」という山口智子さんの言葉が今は痛いほどわかります。
「眠るようにポックリ死にたい」
安心して年もとれない。こんなことを願うしかないのが日本の現状です。
どこが先進国なのでしょう。
この問題は動きがあるごとに今後もお伝えしていきます。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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