リアル世界では「お金の話をする人はいやらしい」と言われているのに対し、ネットではむしろ逆。お金の話真っ盛りです。
「借金生活から一転!たった1年で1000万貯金しました」とか、誰に向けてか知らんが運営報告と称して「ブログの収益が○○万でした」みたいな、羽振りの良さを強調する記事をあちこちで目にします。
それを記事にする人に対して嫌悪感を顕にする人がいます。それを受けて「『お金の話をする人はいやらしい』と言う人の方がずっといやらしい」と反論。
また「貧乏人はお金に対する執着が強い」と言えば、「いやいや金持ちの方が悪どい」と、終わりのない議論が延々と続いています。
このように、お金の話題は賛否両論。デリケートな問題ですから、当然と言えば当然の流れで、それ相応のリスクがあります。
こういった不毛な論争に参加するつもりはありませんが、たまにそんな議論を見るにつけ、おいおい、そこじゃないだろうと。いやらしいのはどっちだ的な、くだらないバトルを繰り広げている場合じゃないだろうと思うわけです。
戒めの意味合いが大きい
一般的には「お金の話をする人はいやらしい」とされています。
でもいやらしいかどうかは人となりの問題。貧乏人かお金持ちかの問題ではありません。そんなのは小学生でもわかる理屈です。
お金の話題は火種がつきもの
それでもなお古くからそう言われるのは、お金の話題にはトラブルがつきものだからです。過去の歴史を見ても一目瞭然。その昔、ユダヤ人が迫害を受けましたよね?
ユダヤ人が商才に長けていて、多くの富を築いたことによる嫉妬が原因です。一人勝ちすればどうしたって嫉妬の対象になりやすい。これは洋の東西を問わず、長い歴史の中で繰り返されてきたことです。
本当に儲かっている人ほど謙遜する
そういったウザいトラブルを避けるために、生きる知恵として身につけてきた手法が、謙遜と曖昧な表現です。
「儲かってまっか?」に対し、「ぼちぼちでんな〜」といったやりとりを聞いたことがあるかと思います。儲かっている人ほど「ぼちぼちでんな〜」と、好んで曖昧な言い回しをします。
このどっちつかずの曖昧な表現は、事なかれ主義を良しとする日本人が、お茶を濁してやり過ごしたい・火種の元になりそうな話題を避けたいときによく使う手法。
つまり「お金の話をする人はいやらしい」というのは、「いらぬ反感を買わずにすむように、トラブルのネタになりそうな話題は避けなさいよ、無茶ブリされたらうまく交わしなさいよ」という戒めの意味合いも含んでいるのです。
古くからそれが「粋で賢い人」とされてきたので、それとは真逆の金持っているアピールをする人は愚か者、つまり「無粋でいやらしい人」となるわけです。
嫉妬以外のリスクも孕んでいる
お金を持っている人の周りには、その人に取り入っておこぼれを貰おう・利用してやろう・財布代わりにしてやろうという人が一定数いるものです。
ハイエナさんは金の匂いには敏感。なりふり構わずゴマすりをして、必死にヨイショしてきます。そういう輩を寄せ付けないために、「羽振りの良さを匂わせるな」というのが一つの知恵として根付いてきたわけです。
賢者と愚か者の違いは承認欲求と自己顕示欲に表れる
賢者はそれをよく理解した上で対処していますが、金持っているアピールに必死の人は、誰かにチヤホヤされたい、賞賛を得たい、羨ましがられたいという欲求が先立ち、相手がハイエナとわかっていても、その部分は見て見ぬふりをするのです。
それでいて批判にはとても敏感。何か言われればすぐに嫉妬だと決めつけます。そんな時ほど嫉妬のタネを自分がばらまいていたことはすっかり忘れているかのように見えます。早い話がどっちもどっちでいい勝負って感じ?
と考えると、嫉妬もゴマすりも金持っているアピールする人も、三者三様に見えるけど、実は同じ穴のムジナでしかない。だから嫌われるのです。
最後に
お金への向き合い方は人の本性が見えるだけに、そういった話題に触れるときはスマートにサラッと交わせるようになりたいですね。以上です。
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