示談成立後に高畑裕太の弁護士が出したコメントで思うこと

高畑佑太.弁護士.コメント

強姦致傷容疑で逮捕された俳優の高畑佑太が不起訴処分となり、釈放されました。

その間には相手方との示談も成立。不起訴率が高い性犯罪の場合、ここまではよくある話。「これで幕引き?」と思いきや、この後がいけない。

高畑佑太の担当弁護士が示談成立後に出したコメントを読んで、多くの方がなんとも言えない気持ち悪さを感じたのではないですか?

あの、母親の会見はなんだったの?

私もその中の一人。

ネット上でもそうだけど、昨日も友人たちとその話になった時、みな疑問の数々を口にしていました。

「最初は容疑を認めていたんじゃないの?」

「歯ブラシはどうなっちゃったの?」

「じゃあ母親の、”お涙ちょうだいの会見”は何なのよぉ?」

「”無罪を主張する”と言うなら、なぜ示談にしたの?むしろ裁判でもして身の潔白を図ればいいじゃない!」

「うわー、ドン引き。最初はお母さんのことかわいそうと思ったけど、なーんか、ガッカリ…」

「震えて泣いてたんじゃないの?”合意の上”なら泣く意味がわかんなーい」

「そとそも合意だとするなら、最初から逮捕だってないはずじゃね?」

などなど、このように突っ込みどころ満載で矛盾だらけです。

そして最後に友人たちはこう言います。

「男の子は難しいよね…」

誰も弁護士のコメントなんぞ信じちゃいません。当然です。示談にしたんだから。

つまり、「頭隠して尻隠さず」という感想しか抱けないのです、

“お涙ちょうだいの会見”の感想はこちら!

「私はどんなことがあってもお母さんだから」 はぁぁぁ? んなこと、口が裂けても私なら絶対に言えない

2016.08.29

誰の得にもならない弁護士のコメント

しかも示談成立後に言い訳タラタラって…。

「不起訴=真実は闇の中」なのに、わざわざその闇を照らし出す必要がどこにあるのでしょう。それをしたところで誰が得をするのでしょう。

いわば燃料投下。しかもこの燃料は、他の関係者の話を聞くことなく、高畑裕太の言い分だけで成り立っている。

私どもは、高畑裕太さんの話は繰り返し聞いていますが、他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので、事実関係を解明することはできておりません。

ってことは、裏付けがないってこと?

しない方がよかった高畑淳子の会見

確かにマスコミの報道は白熱している感がありました。

しかしそれに対する対応なら、むしろしない方がよかったと思います。

だってその前に、母親自らが全国に向けてペラペラと会見をしちゃったのですから、辻褄が合わない箇所が露呈するのはあたりまえ。むしろ今は黙って、今後の仕事や生きざまで汚名を晴らせばいいのです。時間はかかるかもしれませんが、その方がよっぽど潔い。

ところが示談成立後に異例のコメント発表。後出しジャンケンはないでしょ。

イメージ回復のためどころか、それにより、高畑親子に対する悪感情がさらに増す結果となりました。

それだけでなく「この事件には何かウラがある」的な憶測まで生まれ、双方にとって幕引きとなるべきはずの示談とは程遠い結果となりました。

「弁護士は依頼人の利益のために働く」のだと広く認識されていますが、これでは逆効果です。

いったい何の目的があって、あんなコメントを出したのでしょうか?

被害者(とされる方)を貶めるため?

情報操作が目的?

あのコメントは全国にいる変態のため?

それよりなにより怖いと思ったのは、弁護士のコメントにあったこの一文。

男性の方に、女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ、故意がないので犯罪にはなりません。

拒絶の意思が伝わらなければ、故意でなければ犯罪ではない。

本人が合意だと思えば悪質ではない。

これで喜ぶのは全国津々浦々の変態野郎。

テレビに出ている影響力のある人物の事件に対し、「法の専門家がこう言うなら」ってことで、変態野郎は今後、やるだけやった後に口を揃えてこう言うでしょう。

「あれは合意の上でした。だってボクちんには拒否の意思が伝わってなかったもんねー」

こんなコメントを出されたら、今後ますます性犯罪の不起訴率は増すばかりでしょう。「性犯罪天国ニッポン」となる日もそう遠からず…。そんな危惧すら抱いてしまいます。

お金を払うとなると被害者意識を持つのが人の常

高畑佑太.弁護士.コメント

さてここからは私の話。ちょっと横道にそれますが、この出来事を通して思い出したことがあります。

以前ノーリードの秋田犬に噛まれたことがありました。

傷は上腕部に全治3か月。神経にまで達し、23針も縫うような大けがをしました。上腕部とはいえ、あと数センチ違えば首の頸動脈が傷つけられていた可能性もあります。

そのため加害者は当初、必死になって謝りました。

「治療費は払う。なんでもする。だから警察には訴えないでくれ。お願いだから示談にしてください」と、もう今にも泣きだしそうな勢いでひたすら平謝りでした。

あくまでも事故だし、故意ではないからと、私もそれに従いました。

ところがお金の話になると態度が変わってくるんです。

やがて治療費が高すぎることを理由に、「自分の不注意で怪我をしたことにしろ」と言い出しました。つまり実費ではなく、こちらの健康保険を使わせろってことです。

そうすれば実質支払うのは3割だけ。でもこのままでは10割まるまる実費で支払うことになるから、こちらだってたまったものではない、とまぁ、そんなニュアンスでした。

けれど通常、健康保険はそのような使い方はできません。他人さまに怪我をさせたら実費で払うのが常識です。

「それができないならせめて、ノーリードでサカリのついた獰猛な犬を散歩なんてさせるな」ってな話です。

それを伝えると態度が一転しました。

「こっちだって悪気があったわけでもないのに、金をむしり取られた」とばかり、ゆがんだ思考に取りつかれ、「自分は被害者」という意識に変わっていきました。

都合よく、脳内で上書き保存しちゃうんですよ。

挙句、「いつまで病院に通うんだ?」みたいなことまで言われました。もう散々。

加害者なのに被害者面する心理とは?

たいてい最初のうちのみ動転して素直に認め、「申し訳ない」などと殊勝なことを言います。  そこに警察官でもいれば、なおのこと、心象をよくしたいがためにその場では神妙な態度を取ります。すなおに自分の過失を認めて反省の色を示します。

だけど少し時間が経過すると自分かわいさに保身を考え始めます。その過程では入れ知恵もされるでしょう。

だから「喉元を過ぎれば」の例えそのまま、罪から逃れたい一心で、知り得た情報を元に、あの手この手と言い訳をし始めます。

その頃には良心などどこにもありません。「常識なんてクソ喰らえ」という態度を露骨に見せつけられます。

「法律はどうであれ、人としてどうなのよ」という日常的な感覚が全く通用しません。常識なんて次々と覆されます。本当に、自分で自分の甘さを痛感するのです。

今回の事件とは内容が全く違うものの、人って窮地に追い込まれるとそんなものだと、やっぱりなと、保身のありようを見せつけられた気がします。

最後に

生きていれば様々なトラブルに遭遇します。

大きなトラブルとなれば法の力で解決することになりますが、私はそれ以来、自分が被害者となり、お金が絡むような事態になった時に一つだけ気をつけていることがあります。

それは、相手に「心」を求めないこと。

加害者の良心なんて期待できないのだから、それを最初から頭に叩き込んでおく。

その上で話し合いに臨むべきなんだと学習しました。

高畑親子に話を戻しますが、不起訴処分によって事件の真相は当事者だけが知ることになりました。でも本当のことは、この先の彼の生きざまで証明できると思っています。

どう転ぶかはわかりませんが、いずれにせよ、苦しい道が待っているでしょう。この親子を応援はしませんが、生暖かい目で見守ります。

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高畑佑太.弁護士.コメント

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