Violet@Tokyo

夏の終わりに平和を考える

約 4 分

立秋の今日、久々の青空。暑いけどカラっと晴れて気持ちが良いです。

この時期はお祭りやお盆休みなど、楽しい行事が盛りだくさん。

けれどその一方で、戦争のことを考える時期でもあります。

昨日は68回目の原爆の日ということで、ニュースでは平和式典の様子が放送されていました。その前の番組でこんな特集が放送されていました。・・・思わず涙し、絶句。

「苦しみを無駄にしないで  遺伝子研究に託す被爆者の思い」

第二の白血病と言われる骨髄異形成症候群・MDS。4歳の時に被爆。それでも、今まで大きな病気をしたこともなく過ごしてきたというのに、4か月前に白血球の異常が見つかりました。医師からの宣告は「悪くなることがあるんじゃなくて、悪くなると思います」という非常なもの。

被ばくで遺伝子を傷つけられ、傷ついた遺伝子が長い年月をかけてこの病気をもたらしたという、二重三重の悲劇に思わず言葉を失った。核兵器の恐ろしさには終わりがないという現実を垣間見た思いです。

そして涙が出ました。「悔しいよね・・」そんな言葉が思わず口から出ました。

被ばくしたその日から、自分の人生のために、時には大事な家族のために日々淡々と生きてきて、60年以上も経ってからそんな悲劇に見舞われるなんて、なんと惨いこの現実。

人はみな、泣いて生まれてきても、死ぬときには笑って死にたいと願うはずなのに、原爆の悔しさを抱いて死と向き合うことになるなんて・・。

68年前の広島も、今日みたいな青空の日だったといいます。原爆の投下で青空はキノコ雲にかくれて一瞬のうちに広島の街は地獄絵図に変わりました。当時の新聞にその(広島に原爆投下)生々しい画像が残っています。

もっと生々しいのはgoogleの画像検索。「広島 原爆」でぐぐると、悲惨な画像が数多くあって、思わず目を背けたくなります。けれどこれが68年前の日本で起きた紛れもない事実です。

それぞれがそれぞれの思いで「勝った」「負けた」、「善」だの「悪」だのと主張しあうことはまだ良い。けれど戦争はダメ。絶対にしちゃいけない。人と人とが傷つけあったところで何も生まれません。

暴力でなにかを弾圧したら、その暴力の分だけ弾圧した側に見えない力が加わります。パワーを使って無理なことをしたら、その無理はかならず返ってきます。

けれど戦争というのは、勝った方が正義になります。それは過去の長い歴史をひも解いても明らかです。そこが恐ろしいところです。

私は「戦争をしない」という憲法は世界一、そして世界の歴史の中でも一番美しい憲法だと思っています。その美しい憲法は、今も苦しむこうした人たちの(あるいは沖縄の人の)犠牲の上になりたっているのに、もしそれを政治家たちが変えてしまったとしたら・・・。

それでも日本人は日々を淡々と生き続けるしかないのです。これからもずっと。

皆が皆、人を傷つけずに自分が平和に暮らすことだけを考えればそれでいいじゃないかと思うのに、いまだ世界のどこかでは戦争をしている国があります。どちらの「たましい」も傷だらけになってるはずなのに。

余談だけど、どう考えたって敗戦色濃厚なのに、その現実から目を背け、勝ちっこないのに勝つと信じて戦争を続け、原爆を落とされなければ戦争を止めようとしなかった終戦間際の日本の姿と某国がどうしてもリンクして見えます。戦う前から負けっぱなしの負け犬なんだから、核を捨ててその分だけ飢えた国民に人並みの暮らしをさせろと言いたいです。

ついでに・・「自分ばっかりブクブクと肥えてるんじゃねーよ」と、声を大にして言いたいです。

やはり今日はこの曲を聞きたい気分。Imagine – John Lennon

 

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(最終更新:2017/12/11)

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