人生最大の買い物といえばマイホーム購入。夢の新築一戸建てを手にしたはいいけど、後悔している人は多いです。
“新築ノイローゼ、近所に馴染めない”というキーワードで見つけたこのスレッド。
ざっくり言えば「10軒からなる新興住宅地に念願のマイホームを手にしたはいいけど、井戸端に加われず、近所に馴染めないから赤字覚悟で住み替えます」というもの。
「もう限界」と感じたら無理にそこで頑張らなくてもいい
それだけを読めば「なんだ、そんなことくらいでもったいない」と思う方もいるでしょう。
でも住み替えまで考えるほどですから、行間だけでは計り知れない葛藤が、この方にはあったものと思われます。
最初は努力もしていましたが、精神的に限界。
努力を放棄して、しっぽを巻いて逃げることを選択します。
「気にしなくていい」「何も悪いことしてないんだから堂々としてれば」
など思われるかもしれませんが、
ただ心おだやかに毎日をすごせるなら、私が負けでいいんです。
勝ち負けではありません。合うか合わないかだけです。
結論から言えば、精神的に「もう限界」と感じたら、しかもこの方の限界が、住み替えで算出される赤字額より大きいと判断したなら、その地で無理に頑張る必要はありません。
「頑張る」というのは賭場の言葉で、まわりに「もうやめろ」と言われても頑なに同じのに張り続けることで、けして良い言葉ではありません。
「もう無理」と思ったら、早めに切り上げることが損害を最小限に留める方法です。
少なくともそこにいて息ができないくらいの閉塞感があるなら、のびのびと息ができる場所を探した方がいいです。
もちろん損失は出ますけどね。ただ、次のフィールドでその分を挽回すればいいのです。
前回の教訓を無駄にしないためにも、次は「何が起こるかわからない」ことについて、どうにでも対応できるような姿勢を保つことを心がければそれでいいのです。
新興住宅地によくあるどんぐりの背比べ
「よーいドン」で、どこの誰かもわからない人たちが一斉に入居してくる新興住宅地にはこのような問題がつきものです。
同じような広さ、同じような間取りの中に同じくらいの収入を持つ同年代の人たちが住めば、吉と出るか凶と出るかは住人次第。まさに賭けです。
良い住人に当たれば親しくなるのも早いし、日々楽しく暮らせますが、一歩間違えるとライバル視され、けっこう面倒なものがあります。
子供たちの年齢が近ければ学校の成績も意識するようになり、その結果嫉妬心も生まれやすくなります。
タチが悪い人は平気で足を引っ張ってきますからね。
「私は闘う気なんてサラサラない!」
あなたがそうでもこればかりは相手次第。相手が嫉妬深ければ、どんな些細なことでも 闘争心をむき出しにしてきます。傍から見ればどんぐりの背比べでしかなく、「広い世界を知らない気の毒な人」と思うよりほかないのですが、意識がそこだけに向いている人は「私は特別などんぐりになりたい」と必死なのです。
それはもう、こっけないほど。その喜劇に気づかない悲劇と言うしかありません。
そのために、日々井戸端会議を開いて取り巻きを作りたがります。
取り巻きになった人だって、「特別などんぐりを目指す人」が好きだからではありません。
自分が餌食になりたくないから、自分や家族のためにと割り切って適当につきあっているだけです。
人生の一大イベントだけに新築ノイローゼに陥りやすくなる
元々は【新築一戸建ての問題】伝える?伝えない?隣の家からタバコの煙が流れてきた時の対処法を書いていて”新築ノイローゼ”という言葉があることを知りました。
マイホームの購入は、人生における一大イベントです。
大きなお金が動くだけでなく、短期間でいくつもの選択を迫られます。
誰だって「これが絶対に正しい」なんて思っていません。決断したはいいけど、次の瞬間には不安が倍になって押し寄せてきます。
新居に引っ越してからも、ローン返済をしながらの生活。それに加え、新興住宅地独特のご近所づきあいなど、もう不安だらけです。これら全てが新築ノイローゼの原因なのです。
状況は変化する
私も過去さんざん悩まされました。
元々井戸端は嫌いだったからそれは全く気にはなりませんでしたが、私を悩ませたのは陰湿な嫌がらせです。当時は精神的にかなりヤラれて一時は住み替えも考えましたが、結局私はこの地に残ることを選択しました。
「後悔してないか?」と問われたら今は「残ってよかった」と、心からそう思っています。
さまざまな理由で手放したくても手放すことができずに悩んでいる方もいるでしょう。
でもその悩みはずっと続くものではありません。
持ち家だからこそ、そこにいる限りずっと続くような気になりますがそうではありません。時間の流れと共に、自分の気持ちも周囲も変化します。それは残ったから体感できたことです。
確かにしんどかったけど、残ったなりのメリットは確かにありました。それによって精神的に鍛えられましたからね。それに、人を見る目も大いに養われました。
ただそれを他人に押し付けるつもりはありません。私はそうしたけど、精神を病むほど追い詰められたなら、手放す選択は大いにアリです。
まとめ
要は、将来どうしたら自分が幸せを感じられるかです。
家はそのためのツールでしかありませんからね。
これを逆に言えば、同じ地にいても「去年の私より今の私の方が幸せ」と感じられるものは、いくらでも見つけられます。
これに関しては本が一冊書けるくらい様々な葛藤がありましたが、長くなるのでそれはまたいずれ、別の機会にご紹介したいと思います。
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