Violet@Tokyo

ある過干渉な母親の歪んだ愛情

約 6 分

「過干渉な母親」と聞いて真っ先に浮かべるのは、ドラマ・「過保護のカホコ」。ツッコミどころ満載ながら、あれはドラマだからそれなりに楽しめました。

でも、あれがもし現実の話だったら?

他人事とはいえ、笑ってなんていられませんよね。ハッキリ言って気持ち悪い。

ここまで読んで「まさかそんな人、現実にいるわけないでしょ?」と、思うそこのアナタ。いるんですよ、現実に。

以下にご紹介するのは私の知り合いの話です。もちろん実話。重いテーマですが、教員をしている友人によれば、最近は極端な過干渉と、極端なネグレストが増えているとのこと。

一見相反するようで根っこは同じ。共通項は常に「私がいちばん!」という部分。

リアル版・過保護のカホコの実体

その過干渉ぶりはどんなものか、その一部をご紹介します。

暇さえあれば娘のsnsをくまなくチェック


snsの投稿内容だけでなく、娘さんのフォロワーの数から交友関係全てに目を通します。

母親にとって気に入らない相手であれば、悪口を娘さんに吹き込むのですが、その悪口たるや半端ではありません。ほんの些細なことをあげつらい、最終的には人格攻撃にまで発展します。

最初のうちこそ「それは言い過ぎでしょ」とかばう娘さんですが、母親から言葉巧みに言い含められれば、やがて娘さんも洗脳されて「そうなのかな?」となります。

当然娘さんの交友関係は安定しません。それは同性の友人だけでなく、異性関係も全く同じ。いや、異性関係はもっと暴走気味。

娘に近づく男は全て敵!

例えば誕生日。誕生日に恋人と二人きりで過ごすなんて今どきあたりまえですよね。…なのに激怒する母親。(←これが不思議でたまりません)

娘さんからデートの詳細を聞き出し、「こんなしょぼいレストランに行った、こんなチンケなプレゼントをした甲斐性なしのダメンズ」とあら捜しに必死。

一通りのデータ集積後、母親は日を改めてパースデーのやり直しをします。まるで彼氏へのあてつけさながらの高級レストランで豪華な食事。そして高価な宝石のプレゼント。

それでも「私はやっぱり彼がスキ!」と娘さんが毅然とすればいいのですが、やはり年頃の娘にとって高価なプレゼントは魅力的なのでしょう。財布と恋人を天秤にかけた結果、その恋はあっけなく終わりました。

執着は異常の証

娘に恋人ができたとなれば、親としてみればどんな相手なのか、それは気になって当然。でもここまで執念深いと「どうやらそれだけではないのでは?」みたいな、とてつもなく深い心の闇を感じます。私には、まるで張り合っているみたいに見えました。

それか、恋愛とは無縁になってしまった同性としての嫉妬なのか?(←これは考えすぎか?)

と言うか、どんだけ暇なんでしょう?他にやることがないのでしょうか?

一日の大半をネットにかじりついている不健康さもさることながら、娘さんの人生に憑依したいのでしょうか?

娘のファッション・ヘアメイクにも口を出す


いつもとは違う装い、例えば和服を着るような場合もかなり異常。ここぞとばかり勝手に張り切って母親の好みで次から次へと高価な小物を買い与えます。でも金を出すから当然ヘアメイクに至るまで口を出します。(美容師時代もこういう親には辟易した)

美容室側は本人の希望に沿って仕上げるわけですが、運悪く母親が気に入らない仕上がりにでもなればもう大変。「私はこんなにがんばって育てたのに…」から始まり、「親でもなければ子でもない!」と、ヒステリーを起こします。

常套句は「親子の縁を切る」

ヘイメイクですらこうだから、少しでも思い通りにならなければ「親子の縁を切る」と脅しをかけます。根性があれば、というか、人としての尊厳があれば「絶縁上等」ですんなり幸せへの切符をつかむことができるのですが、それができない娘さん。だって財布は手放したくないから。

もしかして、母親もどこかでそれを感じ取っているからそうしているのかもしれないと、傍で見ていて虚しいものを感じます。

以上ほんの一部ですが、ざっと駆け足でご紹介した母娘の実態です。ちなみに娘さんはすでに成人して仕事もしている身。れっきとした社会人です。

過干渉は自己満足。真の愛情ではない

私には、いや私だけでなく彼女を知る周囲はみな呆れ気味。

「子離れしろ」と、「いいかげん、過干渉はやめたら?」と母親を諭すわけですが、彼女は自分が正しいの一点張り。「娘がかわいくてしかたがない」と、どこまでいっても自分・自分・自分。

当然周囲は呆れ返っています。しかし当の本人はどこ吹く風。それどころか、周囲には「子供のことを第一に考える愛情深い母親」アピールに必死。

交友関係に口出しするのも、「娘が転ばないように先回りして道を整えてあげている」とのこと。

そうじゃないだろうと。「感謝されたい、いい母親と思われたい」という、いわば自分のためにやっているだけだろうと、私も含め周りはとっくに見ぬいてます。

それにしても「愛情」とは、己を装飾する便利な言葉だなと、つくづく感じるわけです。

大人になったら冷たいくらいでちょうどいい

例えば私の母なんて、(子供の頃は別として)大人になってからというもの、私がすることには一切口出しはしなかったから、私はよく転んだものです。切り傷擦り傷数知れず。

そんな時でも決して手を差し伸べてはくれません。なんとか自力で立ち上がるまで、じっと黙って見ているタイプでした。内心は夜も眠れないくらい心配だったとしても、決して手を出しません。

手を差し伸べるのは私が立ち上がってから。癒やしの場を提供してくれたり、励ましの言葉をかけてくれたりと、その時々の状況に応じた対処をしてくれたものです。

正直言えば、そんな距離感が当時の私には「ちょっと冷たいんじゃない?」と感じたものです。

でも今となっては感謝しています。その距離感があったからこそ、私は自由でいられたし、なによりも危ない場面を避ける術を身につけることができたのですから。

私は、苦労を買ってでもしろなんて思ってません。逃れられない苦しみも世の中にはあるかもしれないけど、もし自分で選ぶことができるなら、苦労しなくて済む道を、自分で選べと思うタイプです。でも母親がそれを続けている限り、自分で選ぶことができない人間になるのです。

母娘だからこそ距離感はだいじ

他人と違って親子の場合、距離感の掴み方は難しいかもしれないけど、最終的には同じです。だっていつかは離れないといけない関係だし、大人になれば個人と個人の関係になるわけですから。

「近い関係だからこそ、常に距離感を意識しなきゃダメ」

その母娘を見るにつけ、いつもそう感じる私がいます。

過干渉な母親からは離れるべし!

おせっかいながら最後に。

この娘さんが幸せになるためには、この母親から離れるしかないでしょう。そうでないと、本当にたいせつなものの価値すら自分で判断できない人間になってしまいます。

そして諸悪の根源であるウザいお母さん。まずは自分の人生を充実させましょう。話はそこからだ。以上です。

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