もうずいぶん前ですが、自分の子供に「悪魔」という名前をつけようとした親が話題になったことを覚えていますか?
悪魔くんも衝撃的でしたが、「DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)」を見ると、「悪魔」くん以上の強者がいます。ほんの一部をご紹介。
- 「主人公」と書いて「ひーろー」
- 「神」と書いて「しはい」
- 「光宙」と書いて「ぴかちゅう」
- 「月奏」と書いて「るのん」
- 「夢」と書いて「のん」
- 愛人と書いて「はあと」
これらをパッと見て、スラスラ読める方はそう多くないはずです。
キラキラネームの弊害
小学校で教職に就いている友人が、キラキラネームについて愚痴をこぼしていました。
「子供の名前が読めない!」
新年度を迎えるたびに、特に一年生の受け持ちになるたびに悩むそうです。
今のところはまだ、それが理由でイジメに発展したことはないけど(あくまでも「彼女の学校では」という意味)、いずれそのような事態も予測されるとのこと。
それ以外にも就職が不利になる、イジメを受けた、医療の現場でトラブルが起きるなどの声が上がっています。
実際、静岡県立こども病院の救命医は、twitterで「キラキラネームは取り違えを起こすからやめてほしい」と呟いたら、炎上したとか。 むしろこのほうが不思議。
以下は看護師をしている友人と救急隊にいる友人双方に聞いた話です。
キラキラネームは命の危機に晒される可能性もある
救急隊はまず搬入する病院とのやり取りをするわけですが、そのとき仮に、キラキラネームの患者に意識がなく、親もついてないような状況(例えば道端で倒れていた)では、身につけている持ち物を調べて患者の名前を受け入れ先に伝えます。例えばそれが「十兵=くりすとふぁ」君なら、救急車の職員は「じゅうべい」と伝えるでしょう。
ところが後から駆けつけた「十兵」君の親が「うちのくりすとふぁーはどこですか?」となれば、「くりすとふぁーなんてここにはいませんよ?」となり、受付の段階から混乱します。もし手術を要する場合なら同意書が必要になります。輸血が必要なら血液センターに連絡しなければなりません。他にも薬やレントゲンなど、医療の現場では全て名前を元にIDを作成するのです。
でも名前が違っていれば書類の訂正が先。それが終わるまで手術なんてできません。この救命の医師はそれを言いたかったのだと思います。それが国の決まりごとですからね。
ではもしこれが読むこともできない場合ならどうでしょう。
例えば「月奏=るのん」だったら、救急隊は「これ、なんて読むんだ?」から入ります。わからなければ聞けばいいって?
意識がなければ聞き様もないでしょう。
救命・医療の現場は時間勝負。その間にも、刻一刻と無駄な時間が費やされるのです。
キラキラネームを擁護する人の意見
キラキラネーム擁護派は「書類云々というシステムに問題がある」、「同姓同名ならどうなんだ?」と言ってます。
でもこれは、揚げ足取りもいいところ。一度できあがったシステムを変えるには、それ相応の時間がかかるし、今までの歴史がそうであるように、誰かの犠牲があってからでなければシステムなんてそうかんたんには変えられません。
繰り返しますが救命の現場は時間勝負。そんな悠長なことは言ってられないのです。
キラキラネームをつけるのが親の自由だと言うなら、将来起こりうる最悪のリスクも認識すべきではないでしょうか。
「名前をつける自由は親にある」という言い分
教職に就いている友人とキラキラネームの話をした時に、もうひとりの友人はこう言いました。
娘が妊娠して子供の名前を考えていたとき、その名前がどうやらキラキラネームだったとか。
「物分りの良い母親像」を守るために、理解を示す体を装いながら彼女は娘にこう言ったそうです。
「どうせ子供なんて親の思い通りには育たないんだから、名前くらいはせめて思い通りに自由につけなさい」
“どうせ”とか”思い通り”という言葉に強い違和感を覚え、正直、「無責任だな」と思いました。「自由」ってなんでしょうね?
人は、社会生活を営んで生きていくのが大前提。なのに、他人には理解されない・されにくい、親にしかわからない意味合いの名前をつけるということは、「その前提から大幅に脱線してるんじゃね?」というのが私の違和感の正体。
こうして自由すぎる発想の元、その友人はキラキラネームのついた孫を持つことになったのです。
このように「キラキラネームは親の自由であり特権」と言い切る人がいるのも事実です。
なぜ彼らはあえて珍しい名前を選ぶのか。私なりにその理由を考えてみました。
なぜキラキラネームを選ぶのか?勝手な考察
- 自分の名前が平凡すぎて嫌い
- 単にセンスが悪い
- キラキラネームをつければ子供がキラキラすると思っている
- 「こんなに難しい漢字をたくさん知っているんだぜ!」アピール
- 常識なんてクソくらえ!オレ様は「型にはまらない子育てをする親」アピール
- 時代の先駆者だと思っている
- 子供は親の所有物・もしくはペット
- 己のエゴを「愛」というきれいな言葉でごまかしている
- 親以上にはなれないこともわからず、子供に多大な期待をかけている
- 芸のないお笑い芸人さながら、目立ってナンボの世界
- そもそも、個性と奇抜を履き違えている
たいせつなのは子供が喜ぶかどうか
ワタクシ事でナンですが、私は親がつけてくれた自分の名前が好きです。
あ行から始まる二文字の名前。女の子だから「さん」より「ちゃん」と呼ばれて親しまれる名前。覚えやすくわかりやすい名前。漢字の意味にも願いがちゃんと込められている。名前負けしない。親の愛が子供にしっかり伝わる名前…。
このまま年老いても、ずっと違和感なく付き合える名前だと思っています。戒名なんていらない。あの世でもこの名前で呼ばれ続けたいと思うくらい私は自分の名前が好き。
要は子供が、その名前を一生に渡り気に入るかどうかではないでしょうか。
名前は親の最初のプレゼントと言いますが、プレゼントは受け取った側が喜ぶかどうかに意味があります。そのあたりを考えて、子供の名前を選んで欲しいと思うのです。以上。
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