昨日からネットは、電通時代に受けたセクハラ・パワハラを告発した、はあちゅうさんの話題で持ちきり。「#metoo」の動きが広まっています。以下、バズフィードジャパンの記事です。
昔からパワハラ・セクハラは数え切れないくらいありましたが、「自分さえ我慢すれば」と、被害者はたいてい泣き寝入りをするのが圧倒的でした。
だから今回のはあちゅうさんの行動を見て、良い時代になったものだとニンマリしたと同時に、なかなか世間には公表しづらい(女性であればなおのこと)パワハラ・セクハラの被害を、勇気を持って告発したはあちゅうさんには心から「グッジョブ」と申し上げます。
が、ただひとつ、「はあちゅうさんだって日頃は…」と、この件とは全く関係のない別件の話題を持ち出しては彼女を非難する声が気になったので、それを記事にしたいと思います。
被害者非難は好き嫌いとは切り離せ
以前、傷ついた被害者を非難するのは公正世界仮説に固執した人たちだと書きました。
どうやらそれだけでないようですね。炎上芸人のはあちゅうさんが嫌いだから、どさくさにまぎれて何か言ってやろう的な思いが見え隠れします。
でも、それはそれ。今回のセクハラ・パワハラとはまるで別件です。
典型的モラハラの手口
お相手の、岸勇希さんの言葉
「『俺は愛で言っている』とすごく言ってました。『全員にこんなことをしているわけではない。お前には愛があるから指導している。どうでもいいやつはどうでもいい。お前はどうでも良くないから睡眠時間を削ってわざわざ電話しているのだ』と。そう言われると彼なりの可愛がりなのかと思ってしまうところもあって、どうしたら良いかわかりませんでした」
これは「お前のためを思って」に代表される、典型的なモラハラ男の手口。
経験上モラハラ人間には、ある独特の狂った周波数があります。そういう人とほんの少し関わるだけで、神経がひどく消耗するというか、何とも言えない気持ち悪さが残ります。それは蛇に睨まれたカエルのように「身動きが取れなくなるというのはこのことか」くらいの消耗度です。
はあちゅうさんは、岸氏も “悪いこと”をしている自覚はあったのではないかと話す。
とあるけど、それはまずありません。相手は支配ゲームのつもりで獲物をいたぶって楽しんでいるだけ。餌食になった側は、正常な判断力が徐々に麻痺するのです。
そこに畳み掛けられるように「お前のためを思って言っている」から始まり、「お前がダメだから」という人格否定を繰り返されると、受けた被害を外に漏らすことが自分の恥のようになってくるのです。だから今回のように、被害者が声を発するというのはそれ相応の勇気がいること。
記事によれば、はあちゅうさんも被害者でありながら自分を責める日々が続いたとあります。
「私はこうやって声をあげるまでに、7年かかってしまいましたし、その間、ずっと『彼のことを許せない私が悪い』『忘れられない私が人間的に未熟なのだ』と自分を責め続けていました。
これは、その立場になった者でなければわからないことです。というか、わからないならわからないでいい。でもせめて想像してくれよって話です。人間なら、想像くらいできるでしょ?
セカンドレイプの気持ち悪さ
そして、やっと勇気を出して声を上げたというのに、今度は別件を持ち出して、はあちゅう非難。なかでも「友人を紹介したなら同罪」という件に関しては、例えるなら「自分の意思で万引きをした」のと「脅されて無理やり万引きさせられた」くらいの違いがあると、私は理解しています。
また過去の炎上ネタから彼女の差別的な発言が気に入らないなら、その発言をした時に、言動のみを思いっきり叩けばいい。でもこの件とは切り離すべきです。そうでないと、やっと被害を訴えられるようになりつつある#metooの流れが鎮火する可能性があります。これははあちゅうさんのためではなく、他の被害者のためです。
いずれにしろ、同一に捉えてここぞとばかりの人格否定はないでしょう。これって時代に逆行すると同時に、モラハラの手口である人格否定と同じですよね?
こんな風に被害を公にすることのデメリットばかりが浮き彫りになれば、また被害者は、口をつぐむしかなくなるのです。
同じ時代に逆行するならいっそのこと、戦国時代にまで遡って「敵陣に塩を贈る」くらいのイキな図らいをしてほしいと思った次第です。以上。
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