Violet@Tokyo

1年前とは違う私

約 3 分

昨日はほぼ一年ぶりに懐かしい人に再会しました。よその同好会と交流試合をするために、近くの市民センターに行きました。

そこに彼女も来ていて、積もる話もありましたが、お喋りしているような状況でもなく、挨拶程度で別れたのがとても残念です。

でもいずれまた会えるでしょう。

一年前は彼女に前のクラブの廃部の悩みをさかんに相談していたこのです。

でも彼女はとうに私が今のクラブに入ったことを知っていましたし、私が親しくしていたメンバーと一緒に入部したことも知っていたようです。

少しは気にかけていてくれたようで、それがとても嬉しいです。練習後は近くのファミレスでランチです。

ある人がこう言いました。「ここは一年ぶり」と。

それを受けて私はこう言いました。「一年前はこんなことを想像もしてなかった」と。

するとその人は「うちのクラブに来て良かったでしょう?」私は素直に心から「うん」と答えました。

datsu17

たった一年なのに劇的な変動です。

バドミントンの腕は劇的とは言えませんが、環境だけは大きく変わりました。

今は無我夢中ですが、少しずつ新しいクラブに馴染んで楽しくやっています。

前のクラブのことも一年前の悩みも遠い昔のことのように感じます。毎日のように予定が入り、余計なことなど考えている暇はありません。

そうなると世界が限られている人が滑稽に見えてきます。

例えば家だけが自分の世界の全てという人は、この住居近くで必死に自分アピールをします。

くだらない井戸端会議を延々と繰り返していますが、会話の内容は全く中身のない、時間のムダとしか言えない内容で、それでも何時間でもくっちゃべっています。

「今日は暑いね」みたいな話を延々として、一体どこが楽しいのやら…。

それでもそれが楽しいらしくいつまででも道端でたむろって中身のない会話に花を咲かせています。

人生の浪費、時間の無駄遣い、今の私にはそうにしか思えません。あれで自分の人生に満足しているのでしょうか?

打ち込むものがない人というのは本当に滑稽です。

それは前のクラブの人もそうでしょう。先日の団体戦の時、前のクラブの大御所が見にきていたようです。「今更何しに来たの?」正直、私はそう思いました。

「前のクラブでなら彼女がいなければ団体戦は回らなかったけど、今はあなたがいなくても何の支障もなく回っている。その現実を見に来たの?」とすら思いました。

その後で彼女は必死に周りの人に言ってたようです。

「私にはいくつも練習場所がある」と。

それならそこで頑張ればいいのです。未練がましくお呼びでもないのにまた見に来るなんて、みっともないったら..。

結果、私と目が合った次の瞬間には彼女の姿はありませんでした。敗北感を感じたのでしょうね。

私たちがすっかり新しいクラブの一員として楽しくやっていることを察知したのだと思います。

私たちに声をかけずに彼女はいなくなりました。これも一年前とは全く違う状況です。

来年以降、きっと彼女は姿を表さないでしょう。今の私はそれを願うばかりです。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でvioletをフォローしよう!

Pick Up


(最終更新:2017/09/14)

About The Author

violet

はじめまして。ブログの管理人Violetです。

このブログは私が日々感じたこと、考えたことに独自の視点を交えて書き留めている忘備録です。読者の方に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。詳しいプロフィールはこちら!


Follow :