Violet@Tokyo

週末はまた雪だそうです

約 4 分

記録的な大雪が降った先週末ですが、また今週末も雪の予報が出ています。自宅周辺の雪がまだ残っているというのに、また雪かきに追われそうです。

それでも近所の人たちは少しの暇を見つけては、張り切って雪の処理に精を出しています。私は寒いのでやりませんが・・。

やりたくないことはやらない、そんな意思表示が堂々とできるようになったのも、この地に暮らして鍛えられた賜物でしょうか?以前はやらなければ何を言われるかと、そちらを危惧したものです。

ところで朝、ネットサーフィンしていたら、以下のような文章を見つけました。

そういう他罰的な性格の奴って結局意識下では自罰的なんだよ
他人を口汚く罵れば罵るほど、その言葉に自分自身が縛られ苦しむのさ
哀れな連中なんだよ、生温かくスルーしてやれ

これを読んでなるほどなぁと思いました。以前の雪かきを思い出したからです。まだ引っ越してきたばかりの頃にも雪が降ってかなり積もったことがありました。午後になって雪がやみ、各自が自宅の雪かきを始めました。私もその時は夫が仕事に行ってたので仕方なく出入り口だけでもと思い、雪かきを始めました。するとご近所のウルサ型のSさんがツカツカと私にこう言い出しました。

「みんなが一斉に出てきて雪かきをしているというのに、あの家とこの家は出こない。車の出入りができるように輪達だけでも作るべきだ」と。掻い摘んで言うなら、仕事でいないというならともかく、仕事もしてない人がやらないのはけしからんという意見です。それならその人に直接言えばいいのに、なんで私にそこにいない人の文句を言うのだろうと、あっけにとられたことがありました。

私が育った場所は街中だったので、そんなに積もった記憶もなく、そこではそれほど「○○すべき」的な掟はなかったように思います。自分のペースでできる時に勝手にやる的な感じでした。

私が育った場所に限らずこれが一般的だろうと思いますが、その方はそうではないようです。

育った場所の違いかとその時は思ったのですが、後で知るところによれば、彼女がその時に非難した人は、その時に彼女が気に入らないと思っていた人物で、何かの機会があれば弾圧してやろうと、必死にどうでもいいようなネタを探していたようです。そんな人物ですから、後々彼女は孤立します。今は全く外に出られなくなってしまいました。

先日の雪かきにはみんながせっせと働いていてもとうとう彼女は出てきませんでした。

となると自分の言葉に自分が苦しめられることになります。みんなと同じことをしなければならないと考える横並び主義の人ですから、過去は同じことをしない人を非難してきました。ところが今は自分がそうなりました。やがて自分だけが出ることができないと「私は村八分にされた」という被害者意識になります。それがどんなに些細なことであってもです。上記の言葉通りです。

他人を非難した言葉の内容通りに今の自分がなってしまった・・。すると自分が他人からも同じことを言われているのではないかと勘ぐるのです。聞かれてもいないのに「私は仕事をしているからできない」と、言い訳を始めるのも、過去に同じ言葉で他人を非難するからです。天に向かってつばを吐けば自分に降りかかるということわざ通りです。

自罰や他罰というのは、基本的に気の小さい人がするのでしょうか?少なくとも彼女を見ているとそう感じます。

でなければ言い訳なんてする必要がないし、第一他人はそこまで細かく人のことなんて見てないのに、自分が細かく見ているからつまらない言い訳に走るのでしょう。

さて、今週末の雪かきはどうなることやら。

 

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(最終更新:2017/09/16)

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