Violet@Tokyo

私がブログを書く理由

約 6 分

少し前のものだけどこんな記事を見つけました。

「ブログを書いている人に質問です。特にお役立ち系のサイト(ブログ)は無報酬で(憶測)人にものを教えているわけですよね。いったい何の為にブログを書いているのか、理由を教えてください。ブログ書く事のメリットって?」

特に以下の文章。
「では、日記的なブログを書く人って、仮に覚書としてかかれているのだとしたら、わざわざwebにUPする必要ってあるんでしょうか?」

これはまさに私のことです。

blogは単に自分の趣味として書いてるだけ。役立つ情報皆無、ネット上の人の繋がりにも興味はありません。

人との繋がりならリアル世界で充分です。

blogで有名になりたいとか、金儲けしようなどと大それたことも考えていません。

そんな私が、自分の日記をわざわざwebに公開する必要はどこにもないのです。でも、趣味というのは必要でないことがほとんどです。書くのが楽しいから書く。それだけで充分だと思います。自己満足でも良いではないですか。趣味の多くは自己満足なのですから。

仮に山登りが趣味だという人がいたとします。山登りに興味のない人にとっては「どうせ降りるのに、なんで登る必要があるの?疲れる思いまでして」となります。「生きてく上で登る必要があるかないか?」と問われれば、答えは「ない」のです。それと同じ理屈です。

けれど登ることを楽しんでいる人は、山頂に到達したときの達成感や美しい景色、道端で咲く珍しい花、自然の中で食べるおにぎりの美味しさ、下山後に飲んだ一杯のビールの味。

それら全てが「生きてく上で必要はないけど、楽しかった私の記憶」となるのです。

そして美しい景色を写真に収めたとします。

「こんなにきれいだった、私はこんなところも行ったんだ」という自分の記録を残したいと思うようになったとします。誰のためでもない、自分のために、です。

その一つのツールとして便利なblogがあってそれを選び、その日の記録をwebに公開します。山での記憶を記録として残すこと。それはその人にとって、山登りの楽しさの続きでもあるのです。他人からしたら、どこの誰かも知らない人が山で食べたおにぎりが美味しいなんて、興味もへったくれもないでしょうが、その人の記憶は、いいことも悪いことも含めた全てがその人にとっての「心の財産」です。

以上は例えの話だけど、ここからは私の場合です。
そもそも個人がblogを始めるきっかけなんて、そんな軽い気持ちからっていうのがほとんどじゃない?必要があるかないかではなく、なんとなくやってみようかな的なノリで。少なくとも私はそうです。

特に今年はもう一つの趣味が大きな転換期を迎えたことで、その出来事を記録したいと思うようになりました。今悩んでいることが、後に自分の心の財産になるように、書く事で自分の考えをまとめたり、書く事で内省したりする時間が欲しくなりました。だから始めました。

そして、「自分だけの記録ならwebに公開しなくてもいいじゃないか」との意見もあります。確かにそうですね。
それに見ず知らずの「他人の心の財産」になど、閲覧者は興味がなくて当然です。

実は私も「ネット上の人」には興味がないから、他人の日記系のblogは、まず読みません。自分がそうだから、このblogを多くの人に読んでもらいたいとは思っていません。

それならなおのこと、自分だけのためなんだから、アナログの日記だっていいし、アルバムに写真を貼り付けたっていいわけです。スマホの日記系アプリだっていい。

そう思って色々使ってみました。SNSもやったけど・・・、どうも合わないのです。

まずコメントの返事が面倒。(←これ致命的)

特に「いいね」と思わないけど、とりあえずお義理で「いいね」ボタンを押すのが面倒、というか、虚しくないですかね、あれ。本当に「いいね」ならいいんだけど、個人の場合、滅多に「いいね」はありません。

口数多いからつぶやききれない、140文字で一体何が書けるの?

どうでもいい記事をリツイートしまくりって、一体何がしたいっていうの?そんなに突っ込みどころ満載のSNSは、私には無理と感じました。

そして、圧倒的にブログが便利だと思いました。

だってアナログの場合、写真を現像しなければなりません。文章の修正も面倒です。

それにひきかえブログには便利な機能がたくさんあります。まず編集が楽。画像の貼り付けも簡単。時系列で記事の閲覧ができるしカテゴリー分けで記事の整理もできるから後で見やすいのです。

スマホからでも記事の編集や閲覧ができます。PCの前で読む文章をスマホでまた読んでみると、気になる箇所が出てくるから、スマホで編集ができるというのは私にとって必要不可欠なものです。

但し、スマホの入力は未だ苦手です。

でももっと大事なことがあります。

誰に読んでもらうためでもない、自分のための覚え書きであっても、webに公開するという「不特定多数の人の目」を意識することで、自然と文章に気を使うようになります。

その意識をするかしないかの違いは大きいと思います。それはさながら、「どうせ今日は一日中家にいるから」と言って、髪もとかさず、寝巻き姿でノーメイクで過ごすか、「家にいても、誰が来るかわからないから、きちんと身だしなみには気を遣おう」と、気を抜かずにきちんとするかの違いです。

そんな少しずつの気遣いが、時間の経過でオバタリアンになるか、美魔女になるかの違いです。ローマは一日にしてならず、美魔女も一日にしてならず・・なんてな。

まず誤字・脱字のチェックから始まり、日本語としておかしくないか、話の流れがスムーズかどうか、改行の位置が適切かどうか、そんなにちょっとした事まで細かく気遣います。

そうしているうちに自然と文章が上達してきます。

それに使う画像にも気を配るようになります。

すると、サイト全体が綺麗にまとまります。

小さな副産物もあります。それは文章に集中して頭を使うことで、リアル生活の悩みが少し薄らぐことです。

一方自分だけが読む日記帳だと雑に書いたり、メモ的で終わってしまい、時間が経ったときに読み返そうとは思わなくなってしまいます。特に、字が下手な私は、きれいに書くことに集中してしまい、肝心の文章がおろそかになります。私はやはりキーボードを打って文章を書く方が好きです。


時間が経ったときに自分で読み返したくなるような文章には、「その時の私」が確かに存在しているし生きています。本音で書いたものならなおのこと。記憶を記録にした「心の財産の保管庫」を作りたいのです。私はそれを目指しています。誰のためでもなく、私のために。


でも理由なんてどうでも良いのです。他人からしたら無意味であっても書く事が楽しいから、趣味だからやってるだけ。楽しいこと、趣味にしていることに理由付けはいりません。その理由付けこそが無意味なものですから。

 

 

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(最終更新:2017/09/16)

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