利益目的ではないブログ!なのに他人の文章をパクるのはなぜ?

利益目的ではないブログ!なのに他人の文章をパクるのはなぜ?

それにしてもパクリブログ、後を絶ちませんね。今日も偶然発見しました。調べものがあったのでネットを徘徊していると「あれ?この文章、前にどこかで読んだことがあるような…?」

パクリブログに興味が出てきた

その”調べもの”とは、ちょっとマニアックな内容で、そう多くの媒体が手掛けるとは思えず、でも前にどこかで読んだ記憶はあるけど前後の内容から該当サイトで読んだものではないという違和感が頭を持ち上げ…。すると、メインの目的であった調べものの存在を忘れ、無性にその文章がパクリかどうかを調べたくなりました。

調べ方はかんたん。適当なある一文をそっくりコピーしてGoogleで調べる、ただこれだけです。

ちゃんと調べたければ無料で使えるコピペチェックツール類似ページ判定ツールがあります

別に自分が被害に遭ったわけではないのでそんな必要はないのですが、しいて言うなら私も以前、ブログの文章をパクられたことがあったので、パクる側に対する興味を抱いたのです。私も暇だねぇ…。

パクリブログの方が検索上位だなんて…

結果はビンゴ。接続詞や語尾が部分的に違うとか、文章の順番を入れ替えた程度の違いはあるものの、たまたま目にしたブログは丸パクリであることが判明しました。一文だけなんてかわいいものではありません。タイトルからしてそっくりだし、画像まで同じものを使っていました。

始末が悪いことに、パクった方がオリジナルよりもGoogleでは上位になっているじゃありませんか。「そんなバナナ」(←オヤジギャグ)と言いたくなります。

なぜパクリだと判断したか?

オリジナルかパクリかの見極めですが、検索結果に表示されている更新日時をそれぞれチェックしました。素直に考えれば古い方がオリジナルです。

次に文章の癖もチェックしました。該当記事だけではその判断はできませんが、オリジナルとパクリ、双方のブログから過去記事をいくつか読んでみるとなんとなくわかります。

文章には人となりが色濃く出る

話し方に癖が(口調)出るように、文章にもその人の癖が出ます。個人ブログをずっと読んでいると、それがよくわかります。

何人ものライターを雇っている類のサイトでもない限り、どんなに文章力のあるブロガーでも、個人のブログにはその人の特徴が表れます。よく言えば個性、悪く言えばワンパターンですが、その特徴がブログ全体の雰囲気を作り出し、管理人の人となりを想像させます。

一方パクリブログにはそのようなクオリティが全く感じられません。そうなると「ワンパターン上等。だってパクリブログはワンパターンすらできない」と言えます。

私のブログをパクった人物なんて本当にわかりやすかったです。だっていくつかのブログから一文ずつパクっているから、全体の仕上がりとして文章がバラバラなんですもの。

前の段落では語尾が「です・ます」調であるのに対し、次の段落では「である」調になっているという、大きなお世話ながら「小学校から国語をやり直したら?」と言いたくなるような大学教授でした。

パクる目的は何?

腑に落ちないのは、今回見つけたサイトはブログによって利益を得ている類ではないということ。

「他人のコンテンツをパクって手っ取り早く金儲けをしたいという明確な目的があるわけでもないのに、なんでそんなことをするの?」

つまり動機の部分です。あ、動機があればパクっていいってことではなく、動機がないなら、何も手間暇かけてパクる必要はないでしょう?という意味です。

これは私の時と同じです。あの時も確か「なぜこんなことをするのかしら?ずいぶん物好きね」と不思議に思ったけど、今回も同じだったのでなおさらです。

勝手に人物像を想像してみた

匿名のブログでも文章を読んでいるとおぼろげながら人となりがわかるものですが、パクリブログからはそれが見えてきません。それでもあえて人物像を想像みます。

受け売りばかり

そもそも自分というものがないから周囲にいる人の真似ばかりします。例えば他人の意見を自分の意見のように言ったりするのは日常茶飯事で、取って付けたような主張はするけどオリジナルの意見や感想を持っていません。

小学校に必ず一人はいたと思うけど、リーダー格のA君が何かの意見を言えば「ボクも同じです」と結果のみを答えるB君。B君はそれで主義・主張をしたつもりになって「ボクって凄い」「正しいことを言った」と思っています。あるいは、A君になったつもりでいるのかもしれません。

だけどB君は、結果に至るまでの過程や中身を理解してないから「なぜそう思うのか?」と質問されると肝心の理由が答えられず、やがて論点をはぐらかします。

このように応用力がなく、思考に広がりがないタイプゆえ、自分を表現するためには受け売りをばらまくしか方法がないのでしょう。そのまま成長すればきっと、自分に似合ってなくてもリスペクトを受けた人物の服装や持ち物まで真似るでしょう。

他人の目が何よりたいせつ

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誰もがとっくに知っているイマサラなことを、いかにも自分が大発見したかのように言います。なぜかといえば「こんなことを知っているボクってすごい」と他人に印象づけたい願望がそうさせるのです。それは知識だけに留まらず、行動にも表れます。

「正しいことをしているボクってすごい」とか、必死に背伸びをして「こんなことができるボクってすごい」という具合に、理想の人物を演じます。「理想の自分」は向上心からではなく、「他人の目にこう映ってほしい自分の姿」です。「理想に近づくためには何をすべきか」ではなく、「どうしたらそう見えるか」を第一に考えます。

まぁ表面を取り繕うことに精一杯だから、中身を埋める余裕なんてないんでしょう。

そう考えるとブログは格好のツールであると言えます。匿名だからリアルの自分を知る人はいない。だから知識がないのに知識があるように振る舞いやすいし、その場で面と向かって突っ込まれることもない。仕事ができなくてもできる自分になりきれる。パクリの技術さえ磨いておけば…。

なんだか空しい限りです。

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