Violet@Tokyo

常識の違い

約 3 分

バドミントンをやっていて、決定的にこの人とは何かが違うと感じることがあります。

それは基本的な教育を受けた人と、全くの自己流で見よう見まねで自由にやってきた人との違い。

その溝は埋めようと思っても簡単には埋められないと思います。

少し器用で運動神経があれば、お遊び程度のゲームなら、やってるうちにそこそこできるようになる。

けれどそこから一歩先に進んで、ローテーションやゲーム中の基本的なマナー、あるいはペアに声をかけるときの言葉の出し方など、ちょっと専門的な要素が加わるとそうはいきません。

全くできないなら目をつぶるしかないけど、そこそこできちゃうだけに気になる箇所の方がクローズアップされる。一つ一つはすごく些細なことだけど、目につくところが多岐に渡ると、積み重ねられて「気になる問題」となってしまうからです。

それをいちいち細かくあげつらえばその場の雰囲気が悪くなるし、かといって自分をごまかして我慢して黙っていたら、今度は自分のストレスになります。

私にはいくつか練習場所があるわけだけど、行った先のその場の雰囲気に合わせるしかないと、最近はそう割り切っています。

“ここはお遊びの場だから細かいところは目をつぶろう”という場所がある反面、”試合だから本気で臨もう”、”基本を学ぶ強化だから、その基本に忠実に従おう”、みたいに。

けれどそうでない人の扱いに戸惑います。

本気の場を持っている人はここはお遊びの場と割り切れるけど、どこにも所属してない人にとっては、和気藹々とやるべき場であっても本気の場になってムキになってしまうからです。

今日のランチは所属するクラブは違えど、レディース連盟に所属していて基本をある程度わかっている人たちでした。だから話はスムーズ。

「ずっとフリーでやってきて、それなりに表面つらは何とかできてしまっている(かのようにみえる)人であっても、基本的な教育をきっちり受けてない人は、”あ、やっぱり何かが違う、自分勝手に動き過ぎて怖い(怪我しそうで)”と思うことがよくある」と、私が言い出したら、みな一様に大きくうなづきました。

私の言わんとすることを、彼女たちも度々感じているからだと思います。

「でも、どう言ったらその場の雰囲気を壊さずに相手に伝えられる?」

「そこが難しいのよね・・・」

確かに言い方が難しい。常識が違うから、その伝え方が難しい。

結局、結論が出ないまま無言となってしまいました。

「やっぱり言い方だよね」

やっかいなのは基本的な教育を受けてないのにそこそこできてしまう人はおだてられることが多く「(クラブに入ってない割には)上手ね」という具合にチヤホヤされます。

すると本人は勘違いします。「私は上手なんだ、だからフリーで勝手にやってればいいんだ」と。

結果、上から目線で物を言います。

それが私たちの言う常識とかけ離れたものであっても、俺様ルールで自分が正しいと信じ込む。だから「これは違う」と言っても聞く耳を持ちません。それどころか、逆に文句言われちゃう。一番嫌なのはこれです。

溝があることがわかれば、それを無理に埋めようと努力するのではなく、むしろ離れることの方が自分のためなのだろうか?

「やりにくい」「少し違うな」という気持ちは、積み重なれば不満になってしまうから。

不満の種が出始めたら、不満になる前に距離を置いてみるのが得策かも。

 

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(最終更新:2017/12/11)

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