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週末のトレーニング
今日は彼岸の入り。
四季のある日本では、春という一つの季節であっても早春とか初夏などと細かく分けるのが通常。だけど彼岸という区切りが本格的な春の訪れを告げる。
ようやく春本番。
これからは人にとっても犬にとってもトレーニングもしやすい時期になる。
ただ私の住む東京・八王子は、スギ花粉がひどい場所として有名だ。
これさえなければ楽なんだけど・・・

この動画は土曜日に撮影したもの。
この日はマーティとヴィオレ、両方連れていった。


殺人的なトレーニングだ。この日は1時間50分。しかも休みなし。ここの特徴はやはりこの訓練師さんの指導の仕方。ただ私と犬の動きを見ているだけではなく、自分がやっているつもりになっていること。だからこちらもわかりやすいのだ。
ヴィオレだけで1時間10分。フツー、こんなに犬の集中力は続かないよと思いきや、確かに途中疲れてバテる場面もあるのだけど、気分転換のお遊びが始まるとすぐに気分がノリノリとなってトレーニングモードとなる。ここはトレーニングをしているという意識を持たせず、楽しい遊びの時間という意識を持たせているからこそ、犬がずっと楽しそうに付いてくるのだ。だけどこっちはたまらない。しまいには息切れしてくる。終わるとヘトヘトだ。

それにしてもマーティはともかくとして、ヴィオレはずいぶん長くトレーニングができるようになったもんだ。前はこんなに楽しそうにはやらなかった。犬は本当に正直。楽しいことがダイスキ。だからこんなに夢中になって付いてくるのだ。

「スタートが抜群に良いのがヴィオレ」
「科目がわかっているのはマーティの方」
これが現段階の2匹に対するここでの評価だ。

これは持って生まれた性格に左右されるところがものすごく大きいと思う。
要するに作業に対する反応が良いか悪いかの違い。
これは余談だが、内面的にはどういわれているかといえば
「マーティは真面目なおっとりさん」
「ヴィオレは将来大物」
だそうだ。
にしても、女の子なのに大物って一体・・・

だけどこれを聞いて大笑いした。ネット界でも全くこれと同じことを言われているからだ。一度も私ら家族に会ったことがないというのに「ヴィオレちゃんはお母さん似で大物だね」だって。「お母さん似」が余計なんだよ。
そしてマーティはどうかといえばネット界ではこういわれている。「お父さん似の優しいお兄ちゃん」だと。これも「お父さん似」が余計なんだよ。
つか、今時はタマがついているかどうかもわからない軟弱な男ばかりだから、女が強くないとやってらんないご時勢なんだよっ。文句あるか?

ここに来た頃、最初にマーティの動きを見たときに脚側がもの凄く良いと言われたものだ。が、最近は、大きな犬が怖くて思うように動けない。その克服が現段階での大きなテーマとなっている。もうこれは慣れしかないだろう。大きな犬がいたって何にも怖いことなんてないんだよと、とにかくやらせてやらせてわからせるしかない。怖がりの性格を変えることなんてできない。でも慣らせることはできる。慣れないまでも、私に注目さえしていれば怖くないんだとマーティに感じ取ってもらうしかない。

そしてもう一方のヴィオレたん。実はここではマーティよりも競技に向いているのはヴィオレの方だと言われている。それはどんなときでも脚側のスタートが抜群に良いからだと言う。この「どんなときでも」というのがマーティとの違い。マーティも良いには良いんだけど、良いときと悪いときのムラがはっきり出てしまうことが今後の課題なのだとか。それにしても共に脚側が良いのが2匹の強みだと言われた。ヴィオレの場合、停座したときに体がジリジリ離れていくのも、次の作業に対する期待感の高まりだから、それはむしろ良いことなのだと言われた。

しかし・・・
これ一つとってみても、前の人との見解はまるで違う。それが驚き。だって、そんなとてつもなく大事なことを、しかも根本的な事柄だというのに、自分の狭い視野と浅い技術を棚に上げて「訓練犬としては素質なし」的なレッテルを勝手に貼って良いというものではない。自分の犬にならともかくとして、仮にもよそ様の犬だ。ましてや自分の愛犬を良くしていこうと必死になって努力している飼い主に対してなら尚更のこと。

だって見解が違えば必然的に対応も変わってくるわけだ。その対応が正しかったからこそヴィオレの場合、スタートの良さという結果が出てきたのだ。対応には良くも悪くも必ず歴然たる結果がついてくるものだ。出た結果のみが全てだ。ウンチクなんてクソくらえ。なにごとにおいても、出された結果を見て次の対応に繋げるのが犬に対する人間のあり方。

なぜなら「犬と私の10の約束」にはこんなくだりがあるからだ。
言うことをきかないときは理由があります

その理由を、間違っても犬のせいにしてはならない。
なぜならこんなくだりもあるからだ。
私にも心があることを忘れないでください


犬の心に真正面から向き合えば、厳しくするだけが良いとは限らない。時には犬の目線まで下がって「なんでだろう?」と向き合うことで、それまで見えなかったものが見えてくるはずだ。かつて私は、彼から「厳しさも愛情だ」と教わった。更にはなにごとにおいても、厳しく毅然とした態度で叱責することがベストだと教わった。が、愛情のない厳しさは人間の奢りでしかないのだと、今のところでそれがはっきりと見えてきた。犬にばかり「わかれー、わかれー」と押し付けるだけでなく、時には犬の弁護士になってあげるくらいの度量だって必要。
前の人は自分の考える表面的な型にはまらないと、イコール全てがダメという見方をしたようだが、それは愛情がベースの厳しさではない。犬に謙虚な気持ちで真摯に向き合う努力をしない、自分に対する甘やかしでしかない。

今のところは内面を重視している。内面を育てればどんな場所であっても作業ができるからだと言う。ただその内面の作り方が、プロであっても難しいのだという。だからこそ、内面が出来てしまえば訓練は入ったも同然だと、形なんて簡単なのだときっぱり言い切ることができるのだ。

きっと前の人もそれが出来ないもんだから「いうこときけー」的な方法しか取れなかったのだろうと、今から思えばそんな風にもとれる。奇跡的に仮にそれでいうことをきいたとしても、やらないと怒られるから、怖いからやっているだけのことであって、これは決して服従とはいわない。服従しているフリをしているだけのこと。

ヴィオレのように、いうことをきいたフリができない不器用で正直な犬は、イコール「訓練犬としての素質なし」と判断されてしまい、前の人にとっては「難しい犬」とカテゴライズされてしまうのだ。どんな理由があるにせよ、私は何があっても2匹を守る立場にあるわけで、だからこそ、犬に対して冒涜をする人間は、相手が誰であろうと私にとっては敵でしかないのだ。

オマケ・・・これは昨日の動画。
この日は朝食後だったので集中力が散漫。反省、反省。
これからは冷え込みも緩むので、トレーニングは朝食前にしようと決めた。
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