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初の御殿場
うっほー、こっちはチョー久々の更新。
もうあっちこっちで色ーんなこと書いてきたもんでさ。
こっちまで手が回らなかったよ。
だけどここは時々しか更新できなくても、今までのログは永久に残しておくつもり。だって愛する2匹の記録だもん。

数日前に御殿場に行った。
かねてより暖かくなったら御殿場の教室に行ってアジリティをやりたいと、ずっと願っていた。特にこれからの季節は涼しい御殿場は良い。あそこは犬にとっては天国だ。基本的に小金井では服従を、そして御殿場ではアジリティを練習して、服従では競技会レベルに到達するまで何年でも続けていこうと思っている。今のところアジリティは気分転換のためという意味合いが強いけど、でも活発な彼らにはとても良いお遊びとなっているようだ。それをこの日、再認識した。
さて、そのアジリティはどうかといえば・・・


この日はあいにくの天気。いきなり話変わるけど、八王子西インターができたのはラッキーだね。御殿場に行くのにとても便利。小金井に行くにしても日野バイパスが出来てそれもラッキーと思っている。そういうこと一つとっても、私たちは行くべくしてここの訓練所に行くようになっていたのかねぇ・・

話を元に戻す。
この日降ったり止んだりの不安定な天気だった。基本的に雨が降るとマーティたちは動きたがらない。雨に濡れるのが嫌だからだ。
なのになのに・・・ずっと笑顔で楽しそうにしている。
もっとやりたい、もっとやりたいと「キューン、キューン」と泣き出す始末。
アジリティが楽しくて楽しくて仕方がないって様子だった。
ヴィオレなんて「どーよ、私チョー上手い?褒めて褒めて」と主張しにくる有様。

★以下は初めてのアジリティの動画
アジリティやっててもおっとりしているマーティ


爆走女のヴィオレ


それにしてもここはワンコにとっては天国。
とにかく広い。

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手前のグラウンドには警察犬の訓練のスペースがあって、真ん中あたりがアジリティのスペース。そして写真には写しきれなかったけど、奥の方には災害救助犬の訓練ができるガレキが積まれているスペースがある。で、それ以外の開いたスペースでは自由にフリスビーをやって遊んでいるワンコがいるかと思えば、隣接する雑木林の中で気分転換のためにノーリードで自由に散歩させている人もいた。日中は暑かったけど、木陰に入れば高原特有のひんやりした風が心地良い。まさにワンコにとっては天国だ。何時から何時までレッスンという感じではなく、行きたい時間に行って、一日自由にできるので遊びに行くも同然だ。しかもそこらのドッグランよりはるかに安全。みんな訓練が入った犬ばかりだからだ。東京から毎週末のように(しかも5年以上も)練習に来ているグループもいるらしい。さすが、名門の訓練所だ。

ここに来て一番最初に頭をよぎったのは、あのシーザー・ミラン(Cesar Millan)。犬を訓練するのではなく、「犬を癒し、飼い主を訓練する」という、あの話題のドッグ・トレーナーだ。日本では相変わらず「訓練するのは犬」という意識から逃れてないのが現状らしく、だからこそ犬を預託に出しても、最初のうちだけは良くても、飼い主宅に戻って暫くすれば元の木阿弥ってことが常識的に言われ続けている。いくら「うちではそんなことはない」と言い張っても、そういうことが世間一般の通説となっている以上、プロといえど、人間の心理を押し付けている理解不足の人がわんさかいるという結果でしかないのだ。

そうね。
「訓練しました、いい子になりました、犬はガラリと変わりました」の賞味期限は、せいぜい3ヶ月が限度と言ってもいいんじゃない?
よっぽど良くても半年。
そもそも「犬がいい子になりました」というのが眉唾ものなんだからさ。
だって犬は元々みんないい子なんだからさ。
「劇的ビフォーアフター」じゃあるまいし、それこそが人間の奢りの意識の表れなんだと思うよ。まぁそれでも、賞味期限内にほんのちょっとでも味わえればそれで仕事は成功と見なすのが一般的なのかしらねぇ・・・

私に前の訓練師を紹介してくれたボブ君の飼い主さんなんざ、ご賞味することすらできないまま今に至るんだからさ。相変わらず人の出歩く時間には散歩ができない有様。それでも「家では良い子です」の言葉を真に受けて、ご自分の仕事は成功と思い込んでいるらしいが、あの飼い主さんの元々の悩みのタネは家の中のことではなく、外での問題だったはずで、手間暇かけて金かけて訓練したというのなら、家でも外でもいい子でなければならないはず。むろん、何から何まで制御できればいい、というものでもないけど、それにしたって最低「これだけは」というものすら出来てないっていうのはどうなんだろうねぇ。その辺の見極めが甘いっちゃ甘いんだよね。そりゃ、訓練師だって一生つきっきりで飼い主の面倒を見たりはできない。 だからどこかのタイミングで、「後はご自分で」という時期が来るわけだ。・・・このタイミングまでに、どれだけ犬と、そして何より飼い主の意識を変えることができるか。それに尽きるのではないのだろうか?

素人なりに生意気なことを言わせてもらうなら、ドッグトレーナーの仕事として、一番大切なのは犬を訓練する以上に、飼い主の意識を変えることなのではないのだろうか?本来なら飼い主の意識が改善され、犬も活き活きとなり、良い関係が築けて初めて終了となるわけだが、そのどちらも出来てないうちにボブ君は終了。その後3年間というもの、ずっとボブ君ご一家を見ている限り、当初の悩みだけがずっと継続している状態。今ではすでに「もうダメ」って諦めているみたい。むろん、飼い主さんの熱意の薄さもある。でも、最初はどうにかしようと訓練を依頼したのだから、それだけでも私は偉いと思っている。何もしないうちから諦めて依頼することすらしない人の方が多いんだから。なのに諦めて生活している。それが気の毒に思えるのだ。

ポッキー君だってそう。
今では自宅に訪ねてくる人に飛び掛って噛みつくようになってしまったと聞く。
彼らの姿を見ていると「訓練て一体何なのかねー」って思う。

ただ、思う。
あの犬たちの関わった訓練師が「犬を救えなかった」という事実と無力さを、犬と飼い主たちの貴重な年月のために嘆いてほしいと。
自分が出来なかったことで自分の看板に傷がつくという考えを一欠けらでも持って欲しくないと。

だって看板ならば「卒業犬」としての彼らが生の看板を背負って生活しているんだもの。いくらネット上で自分に都合の良い美辞麗句のみを必死こいて並べ立てたところで、論より証拠の彼らがその看板しょって歩いているんだもの。元々読む側だって最初からそんなものは差っぴいて読んでいる。なのに表面ツラだけ飾ることにばかり躍起になっている。それが痛い。そもそもお礼の言葉って自分から要求するものなのかねぇ・・仕事をしたことの引き換えならばお金をしっかりと貰っているんだから、それで差し引きゼロなんじゃない?なのにそれ以上の感謝の言葉までをも要求する。それがいやらしい限りだ。本当に実力のあるところはそんなものは載せてない。これだけは断言できる。

以前「あなたの犬は幸せですか」という本を購入して、思わすなるほどナーと思ったのは、犬が問題を起こすのは、飼い主が犬を混乱させた結果にしか過ぎないとあった。混乱することによって犬は傷つく。だから癒すのだとあった。彼のやり方には賛否両論あるけれど、彼が何よりも一番大切にしていることは服従訓練ではなく、犬と共に歩くこと。それこそ一日のほとんどを山の中で歩き回り、犬を本来の姿に戻してあげるのだとあった。まぁ、実生活でこれを実現することはなかなか難しいけどね。だってうちの犬は、いや、多くの犬は現に都会に住んでいるんだもの。でも、この日の2匹の表情を見ていると、大自然の中で思い切り走り回るのが犬には何よりも幸せなんだろうなぁと納得する。初めてなのにこれだけできるなんて、しかもこの2匹、疲れというものを知らないのだろうか?みたいな集中力。
こっちがまいったよ。

そうそう、何かの本に書いてあった(何の本か忘れた)んだけど、それによると、問題犬にはアジリティをやらせると良いなんてあったのを思い出した。それを読んだとき、最初は「ウッソー、何で?」と思ったものだけど、実際にやってみると「確かにそうかも」なんて思うようになった。例えばフラットトンネルとかエーフレームとか、ドッグウォークなど、そういう物をクリアするのは犬にとってはけっこう勇気がいるし怖いものだと思う。それでも怖いのを精一杯我慢して勇気を出して一生懸命頑張ってクリアした結果、褒められてそれが犬にとって大きな自信に繋がるわけだし、しかもやっているときに頼れるのはハンドラーである飼い主しかいないわけだから、自然と信頼関係が生まれるわけだ。あの本に書かれていた「問題犬にはアジリティが有効」という意味がなんとなくわかった瞬間。

この日も大所長に会った。
小金井でも数回顔を合わせたのだけど、ふだんは息子さんに任せているのであまり大所長じきじきにレッスンを見ることはない。顔を合わせても軽い挨拶程度なのだが、いつだったか、たまたま私たちのレッスンを見てもらう機会に恵まれたことがあった。ちょっと前の出来事なのだが今でも嬉しい出来事としてはっきり覚えている。その日、私たちが行ったときには接客中だったので、軽い挨拶程度の、ほんの二言三言の言葉しか交わさなかったのだが、チラッと小耳に挟んだ内容から推察すると、先月末に開催された春の本部展の反省会を、その客とやっていたようだ。やがてレッスンの時間となったので、私たちはそのまま事務所を後にしたのだが、暫くすると事務所の中から大所長がマーティのレッスンを見始めていた。

最初は事務所の入り口でチラ見程度。
が、時間が経つごとに、身を乗り出してもろガン見。
そのうち中にまで入ってきてニコニコしながら熱心に見始めていた。
しかも椅子まで用意して。更には接客中だった客まで一緒に引き連れてああでもないこうでもないと、マーティを見ながらなにやら話し込んでいる様子。

そのときは「何でだろう」と思ったのだが、後でそのワケがわかった。
いつもの訓練師さんがマーティのレッスンが終わった段階で、水を取りに一度事務所の中に入って行ったはいいけど、なかなか戻ってこない。
中で大所長となにやら話しこんでいる様子。
戻ってきて開口一番に、幾分頬を紅潮させて緊張した面持ちでこう言った。

「お、大所長からお褒めの言葉を頂きましたっ!
マーティは動きが素晴らしく良いとのことです」

これには正直、こっちが驚いた。
まさかうちのマーティが、こんな人の目に止まるとは・・・
なんか、これって凄いことじゃない?だってプロ中のプロだよ、あの方は。
この方を慕う人は業界内でも多いと聞く。でも実際に言葉を交わしてみると、それがよーくわかるのだ。暖かいのだ。だからここは、次に行くのが楽しいと感じるのだ。自分をかっこよく見せようとか、人から優れたいい訓練師と思われたいとか、人から感謝されたいとか、そういった他人の目ばかりを気にするようないやらしさを全く感じさせないおおらかさを感じるのだ。だから通うのが楽しい。それが犬たちにも伝わるから犬たちも楽しそうにしている。前とは大違い。
規模の問題?自信の問題?いや、根本の違いなんだろうねー。

最近、ネットでもプロの意見と接する機会が増えている。
それを織り交ぜて、このあたりを次のエントリーに。
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